2010年12月18日土曜日

グレイキャット物語・最終回

                                                  La bebe (Tulum)




翌朝、日の出とともに起きた私は、再び階下に降り立った。 

異臭は昨日に輪をかけて酷くなっており、キャリーケースの中を覘くと、昨夜あげたはずの水は、今日は殆ど減ってない。ストレスが極地に達しているのかもしれない。 

天気が良くなることを願っていたのに、空には暗雲が立ち込めて、日中も気温が上がることは期待出来そうにない。 

そこで私は、鍋という鍋にお湯を沸かし、倉庫から見つけてきたキャリーの底が入る大きさのプラスチックケースと洗面器、たらい、猫用シャンプー、罠付きの檻とたくさんのボロタオル、そして仕上げのドライヤーをセッティングした上で、まずはたらいにシャンプー入りぬるま湯を用意する。 

そう、今日、グレイキャットを放す前に、私は彼をお風呂に入れようと決めたのである。 

まぁ、捕まえられたことは災難だったかもしれないけれど、彼とて人(?)の子。一生に一度くらい、綺麗にして、鈴をつけてあげる人がいたっていいじゃないの。 

一日疑似家猫体験というやつである。 


さて、いよいよプラスチックケースを底に敷いた上に、キャリーを置いた私は、軍艦マーチと共に作業を開始した。 


”パンパカパーン!それではこれから、お風呂の儀式を行います。用意はいいですか〜?” 


そして、キャリーを少しだけ斜めに傾け、穴の開いた透き間から、お湯を掛ける。 
まるでお婆ちゃんの背中を流すかのように、そ〜っと。 

私は、それまではおとなしていたグレイキャットが、お湯を掛けられたことに興奮し、キャリーケースを突き破って、外に飛び出しでもしはしないかと、内心ドキドキしていた。 

ところが、驚くなかれ、彼は身動きもせず、じっとそこに留まったままでいた。 

私はその様子に驚きつつも、彼に励ましを送る。 



”は〜い、お湯加減は如何ですか〜?これで綺麗になりますからね〜。臭い匂いも取れて、さっぱりするよぉ〜。” 



それがどこまで伝わったかどうかは不明だが、彼は依然としてそこに留まったままでいて、なんとなく、気持ち良さげにさえ見えるのは目の錯覚? 

そして、お湯を何倍も豊富に使ってシャンプーすること、約20分。 
次はいよいよ、体を乾かす場面だ。 

キャリーケースに入れたままでいれば、中に湿気がこもり、濡れたままで風邪を引いてしまうのは目に見えている。 

そこで、すすぎが終わると同時に、キャリーケースのドアと檻の蓋を隣接させた形で、同時にえいっと扉を開けると、なんと奇跡的に彼が、するっと檻に移動した。 

やった、うまくいった! 

ここまで来ればあとは簡単である。 

まずは後ろの蓋から乾いたバスタオルを入れて、ドライヤーを向け、彼が方向を変えた瞬間に、今度はもう一つの蓋から別のバスタオルを差し込む。 

そしてその上に彼が座ってしまえば、あとはトリマー宜しく、丹念にドライヤーで毛を乾かすだけだ。 

よしよし、これで少しはこざっぱりして、気分も良くなることでしょう。 

そしてドライヤーを掛け終わること、30分。 

今度は、綺麗になった彼をそこに置いたまま、大速攻でペットショップに出掛け、例のバックル式首輪と予備用の鈴を購入する。 

と、戻りがしらに、隣人ペドロ登場。 


”Kyoko、おはよう。” 

”あ、ペドロ!丁度いいところで会ったわ。ちょっとちょっと、あのさ、例のグレイキャットを捕まえたのよ。” 

”え?グレイキャット?” 

”ほらぁ〜、うちの彼がものすごく嫌ってたあの猫よ!” 

”あぁ〜。で、その猫がどうしたの?” 

”だぁからぁ〜、その猫を捕まえた訳よ!罠を仕掛けたの。ちょっとこっち来て、見てくれる?” 


普段は、人のうちのものなどくすねて、こっそり持って帰ったりするような管理人なので、あまり家の中には入れないようにしているのだが、今回はそんなことなど言っておられない。 

なので、彼を急ぎ手招きし、カウンターの上に置いたの檻の中を見せた。 

一瞬、その大きさにびびって後すざりするペドロ。 

しかし、私とて、ここで怯む訳には行かない。 
なので、どこそこの展示会場で、商品を押し売りする悪徳セールスマンのごとく、声も高々に言ってのける。 



”あのね、今首輪を買ってきて、これからそれを削るので、終わったら、彼に首輪を掛けるの、手伝って欲しいの。” 

”えっ!?” 

”私が首輪を付けるので、この猫の首のところを、ちょっと押さえてて欲しいわけ。” 

”そ、それは・・” 

”大丈夫大丈夫!首をぐっと掴めば身動き出来ないから!” 

本当は私も恐怖で一杯なのである。 

でも、ここで彼を逃したら、一人で格闘しなければならないのは分かっているので、無理矢理彼にその役を押し付けることにしたのだ。 

ところが、今はぼんやりして、ウダツが上がらない男だが、嘘か本当か、元はと言えば、メキシコシティでやり手の株ディーラーだったというペドロ。 

私の攻めにも掛かる事なく、穏やかにこう言った。 


”いやぁ、この猫は大きいし、凶暴で引っ掻かれたりすると危ないから、やっぱり病院に連れて行って、プロの人にやってもらったほうがいいよ。” 

実は全くの同感である。 

重い檻を担いで病院まで行くのが面倒くさかったので、どさくさに紛れてやってもらおう、と思ったのだが、やはりここはアドバイスに従うことにするか。 


そして、彼が去った後、首輪をヤスリで擦ること約15分。 

慎重にテストをしつつ、あと、もう少し・・もう少し・・と削っていたバックルは、寸でのところで、最後にぽきっと折れてしまった。 


くぅぅぅ〜!もう一つ予備を買っておくべきだった!! 


しかし、改めて買い物にいくには遅すぎで、すでに太陽は西に大きく傾いている。 
しかもこちらが、じりじりと額に汗滲ませて作業をする間、肝心のグレイキャットは、すっかり、そこに居るのが普通になったかのように丸くなり、うとうとと昼寝など始めたではないか。 

・・と、なんだか自分のやっていることが、急にバカバカしく思えてきた。 



別にいいじゃないか、また入ってきたって! 


彼だって、うちの猫と同じ、ただの猫なんだもの。多めに見てやろうよ。 

そう思った瞬間に、急に肩の力が抜けた。 


そして、数日間の軟禁(?)を経て、遂に檻を持って外に出ること、わずか数歩。 


蓋をそーっとずらして、後ろから様子を伺っていると、しばらく、そこに留まっていたグレイキャットは、静かに立ち上がってゆっくりと外に出て、大きく伸びをしたかと思うと、まるで何もなかったかのように、階段をトコトコと降りて行った。 


ちょうどミャオ子も、階段のへりのところでその様子を眺めていたので、彼女と共に道側のバルコニーからその姿を追うと、通りに出たグレーキャットは、いつもそうするように、まずは茂みで用を足し、それから、一軒一軒、隣家を出たり入ったりしていたが、数軒先の斜め向かいの家の脇の、夕日の射す庭を軽やかに横切って、やがては光の中に消えて行った。 





その日以来、彼の姿を見かけた者はいない。 



今まで通り、野良猫でいるもよし、はたまた猫風呂に味を占めて、どこかで家猫になるもよし、いずれにしても、彼が元気でやっていることをただただ祈るばかりである。 



(終わり)




.

2 件のコメント:

  1. 結末を知り、なんだかほっとしました。
    首輪を付けずに送り出したのは
    正解かもと思ったよ。。

    いくら盗人のように家に忍び込もうとも、
    彼としちゃ、もともと彼のテリトリーで、
    彼の方こそ廃墟に入ってきた
    珍入者を追い払いたかったのかもね。
    虚勢したことで、マーキングは改善されたはずだし。
    まぁ、虚勢で野生の血は取り除かれないので、
    どこかで図太く生きてるはずだよ。

    返信削除
  2. まぁ、何はともあれ、この国って、動物と人間が共存している感じが満載で、そこだけはいいなぁって思います。

    人間も猫も、色濃いわ〜。(笑)

    返信削除