2010年12月15日水曜日

グレイキャット物語 Vol.5








さて、捕まえたまではよかったが、問題はこれからどうするかだ。

昨日彼が罠に掛かった後、例の愛護団体にはメールを打っておいた。
が、檻だけでも3キロはあるところに、大猫を入れた合計15キロを、愛護団体まで持ち運ぶのは些か荷が重すぎる。

ここは費用が掛かってしまうが、掛かり付けの獣医さんに持って行くのがいいだろう。
翌日は学校のある日だったので、タクシーを止めてまずは、病院に一旦寄り、それから学校に寄ってもらうことにする。

”ブエノスディアス!えーっと、まずは○○通りの犬猫病院に寄って、それから△△通りの日本語学校までお願い。”

”オッケー!ところで、お客さん、偉くでかいけど、もしかしてそれ、ジャガー?”

そう、ここキンタナロー州には、絶滅寸前ながら、野生のジャガーが今でも生息しているのだ。

”いやいや、普通の猫。”

”えっ、普通の猫じゃないでしょう?もしかしたら、ジャガーの血でも半分混ざってるんじゃないの?!ははは。”

まんざら冗談にも聞こえないところが、恐ろしいところである。




さて、その日は病院に彼を預けた足で学校に向かい、授業が終わったあとは、また速攻で病院に舞い戻った。


っと、いたいた、手術を終えた大猫が!


しかし、何度見ても大きな猫である。

今は麻酔が利いているため、檻の中にだらりとその肢体を延ばして寝ている関係で、その姿が一層大きく映る。


”いやぁ、なかなか大変だったよ、この猫を押さえつけるのは。”と先生。

そこで、私は勇気を出してこう聞いてみた。


”先生、この猫、どうしよう?”

”え?どうしようって、麻酔がさめたら放してあげるんじゃないの?”

”・・でも、放してもまたうちに戻ってくるよね?”

”うーん、まぁそれはそうかも知れないけれど・・”

”もうね、戻ってきて欲しくないの。ねぇ、遠いところに連れて行ったら可哀想かな?”

”そうだねぇ・・”

”先生、この猫要らない?”


曖昧な笑みを浮かべたまま、診療室に戻っていく先生。


その会話を見守っていた、受付の男の子やトリマーのおばさんと目が合ったので、速攻で聞いてみた。


”ね、誰かこの猫要らない?”

さっと目を背けるスタッフ達。



そうだよなぁ、いくらなんでも、こんな大猫、要る訳ないよな〜。はぁあああ・・


仕方がないので、またタクシーを呼び、えっちらおっちら自宅に持ち帰る。

待ち構えていた家猫達は、案の定、麻酔が掛かって寝ているグレイキャットを不思議そうに見守っている。


”ま、今は麻酔もかかっている事だし、今日、明日くらいまではうちに置いとくとするか。”



その晩、彼をどうするか、私は一人案を練った。

一番良いと思えたのは、ここのすぐ近くにある、イスラムヘーレス島に、彼を連れて行って放すことだ。

ムヘーレスは、こじんまりとした小さな島で、カンクンのような喧噪もなければ交通量もない。
人々も動物達ものんびりとして、彼が第二の人生を過ごすにはいいんじゃないだろうか?

しかしこの話を電話口で相棒に話し、愛猫家の関係者に意見を聞いてもらったところ、私の案は見事に却下された。

”う〜ん、猫はテリトリーの動物だからな。全く知らない場所に連れて行くなんて、彼を困惑させ、死に追いつめるようなものだよ。君、覚えてるだろう?メギを拾った日のことを・・。”


確かにメギは、普通、こんなところに居ないだろう、というような場所で泣いていた。
後で考えれば、誰かにその場所に捨てられたのではないかと思うのだが、何しろ体中をノミに刺され、片目は完全に潰れた状態で、茂みの中で泣いていたのだ。


・・・い、いかん!そんな殺生なこと。一寸の虫にも五分の魂というではないか。


再び階下に降りてみると、麻酔が切れたのか、呆然とした状態でグレイキャットが宙を眺めている。

突如、申し訳ない気持ちが胸を過った。

いくら、迷惑だからと言って、人間の都合に合わせて、動物に痛い思いをさせるなんて、考えてみたら酷いことだよな・・。



そこで彼に声をかけてみる。

”おい、お前大丈夫か?明日になったら放してやるからな。それまでゆっくり休みなさいよ!”


かくして第一の案は却下され、その日は就寝。
翌日起きてみると、彼は幾分復活したのか、今度は普通に座って黙ってこちらを見ている。


・・とキャリーケースの中に用を足してしまっている。


”うわぁ〜、やっぱり檻にいれてもらえばよかった。まぁ、いいか。夕方には放してやるんだし。”


それで取りあえずは水を入れた容器を箱の中に入れてやる事にする。


もし引っ掻かれたらどうしよう、と心配もしたが、まだ麻酔が完璧に切れてないらしく、特段抵抗は見せず、水とえさを入れる事に成功したので、安心してその日、用事のあったTulumまでバスで向かう。


しかし道中も、頭の中は彼をどうするかで頭が一杯で、色々と考えては見るものの、良い考えが一向に浮かばない。


そして一日あれこれ考えて、家に帰るバスの道中にて、私はとうとう、これだ!という名案を思いついた。


それは、”彼の首に鈴を付ける”というシンプルなもの。


遅かれ少なかれ、彼は必ずこの家に戻ってくる。

いくら去勢したからと言ったって、常に4匹分の餌が常備してある、元テリトリーに戻らない訳はないだろう。

しかし、彼が戻ってきた時に、もし鈴の音が聞こえれば、私も、家猫達も心の準備が出来るというものだ。

もし、どうしても腹が減ったというのであれば、私が外に出て少し食べるものを分けてあげても良い訳だし、猫達にしたって、もし彼に家に入ってきて欲しくなければ、外から唸るなど、アピールすれば良い訳である。

先生に寄れば、2週間が経過すれば、万が一家の中に入ってきても、もうマーキングはしないわけで、こうして、我々もハッピー、グレイキャットもハッピー、みんながニコニコ顔で暮らせるではないか!



私は自分の天才的な思い付きに、胸が高鳴るのを押さえきれないまま、再び相棒に電話する。


”あ、もしもしっ?ちょっとちょっと、名案名案!・・・え?撮影中で今話せない・・?・・・じゃあいいわよ、もうっ!”

全く何の役にも立たない男である。

しかし、ここで腹を立ててはいけない。
レイと、ついこの間話したばかりではないか。人の素行に気を取られてはいけないのである。大切なのは自分の心の内側。



よ〜し、ここは楽しい場面でも想像して・・。


まずは深呼吸をして、頭の中に花畑を思い浮かべてみる。

あ、あそこで遊ぶのはミャオちゃんとハヤブサくんだ。
そして、向こうの木の上ではクロちゃんがのんびりと昼寝をし、メギは懐に入って、私と一緒に散歩を楽しんでいる。

と、そこへ通り掛かったのは、見覚えのある猫。

おっと、あそこに見えるはグレイキャットではないか。いつの間にか綺麗に身繕いして、おまけに空色の首輪まで付け、胸からはチリンチリンと可愛い音まで聞こえてくる。


みんな仲良く遊んでいるよ。あぁ、よかったよかった。


・・と、そこへ携帯電話が鳴り、楽しい瞑想(妄想)タイムから現実に引き戻される。
電話の主は再び相棒であった。


”もしもし。え?仕事が終わった?・・でも、もうこちらの予定は決まったから、あなたの意見は結構です。・・・え?首輪は危ないからしちゃいけない?誰がそんなこと言ったのよ!”


彼が言うには、首輪というのは、外に出ない家猫には良いが、外をうろつき回る猫に取っては、どこかに引っ掛かる可能性も高く、それが原因で窒息死するケースも多々あって、決してお薦めできる代物ではないらしい。


”そんな文句ばっかり言ってねぇ、あなた、じゃあ一体、あの猫に何をしたっていうのよ!
困っているのは、私や猫達なのよ。
それにあの猫だって可哀想じゃないの。勝手に捕まえられていたい思いをさせられて。
少しは真剣に何か考えてくれたらどうだっていってるのよ、もうこちらで勝手にするから、結構です!”


(ブチッ)


せっかくの楽しい計画は吹っ飛び、重い足取りで家に戻ると、キャリーの中の水は全てなくなり、少し不安そうなグレイキャットがこちらをじっと眺めている。そしてキャリーからは、朝にも増して、強烈な匂いが立ち込めて・・そう、またしてもキャリーケースの中で、用を足してしまっていたのだ。

彼はもう手術前のように、こちらを見て唸ったり、鋭い目で睨んだりはしない。
もしかしたら、彼なりに何か覚悟でも決めてるのかもしれない・・そう思ったら、なんだか無性に悲しくなってきた。



そこで、新たに餌と水をあげ、困った時の神頼みをしてみることにした。
こういう時、インターネットという代物は、非常に効果的なツールなのだ。
絶対絶対絶対何かのヒントが見つかるはず!


そして、探すこと小一時間、遂にこんなサイトを発見した。
http://blog.goo.ne.jp/sauta19/e/39c3a61b99cc1cfc6f55a135a790c91d

そうか、バックル式の首輪にして、留め口のところをヤスリで擦れば、どこかに引っ掛かっても、簡単に取れて、彼らの身も守られるのだ。

私は再び想像してみた。

彼が綺麗に身繕いして、首輪をはめ、可愛い音を立てながら去って行く様子・・

うん、なんとか行けそうだ。明日は朝一で起きて、なるべく早くに放してやろう。

その夜は興奮してなんだか良く寝付けなかった。


(続く)






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2 件のコメント:

  1. おもしろいー!毎朝新聞の連載小説を読んでるみたいよ。
    次の日の朝読むのが楽しみー!

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  2. あはは。12月に入ってなんだか猛烈に忙しくてヘロヘロしてます。

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