昨日帰宅してポストを開くと、見覚えのある文字が目に入ってきた。
日本からの不在通知。
あっと驚くと共に、胸がワクワクと高鳴る。
通知を見てみると、そこには、”郵便局に荷物を取りにきて下さい。”とのメモ。
一度でも、地元を離れて暮らしたことのある人だったら、郵便の威力が如何なるものか、簡単にご想像頂けると思う。
メールでは絶対味わえない、そのワクワク感。
そして封を開ける時のときめきといったらもう!
ちなみに私は日本のほぼ裏側に住んでいる関係上、このワクワクぶりが、人様の5乗は軽く増減されることを書き加えたい。
昔シンガポールに住んでいた時分は、こうした思いは未経験であった。
なぜなら、ちょっと表に出れば、そこには高島屋があり、紀伊国屋があり、古本屋があり、ラーメン屋もあれば焼き肉やもある訳で、ないのは自分の小遣いだけという悲しい状況に加え、おまけにアジア圏にいた関係上、そこまでモノに執着する必要もなければ、苦労する必要もなかったわけである。
ところが場所が変わって、今はラテンの国メキシコ。
ここには、日本食どころか、中華、韓国、タイ、マレーシア、インドネシア、インド、ベトナムなど、懐が心細かった時、代用食として私の見方になってくれた食べ物が一切なく、代わってあるものはというと、タコス、キビス、タマーレス、ピッツアパッツァにアルゼンチンの肉料理にイタリアンと、油分の多いものだらけ。
自分がアジア人であること、そして、アジア食をどれだけ愛しているか、私はこちらに来て、初めて知りました。
ええ、どんなに美味しく感じても、アジア食以外の食べ物って、そうそう毎日は食べられないものなのです。
よって我が家の食事は、通常日本食。
米と麺を用いたものが、我が家の平均的なメニューであり、限られた野菜や肉を使って、それらしく仕立てるのが醍醐味でもあり、チャレンジでもあり。
しかし、問題はなんといっても、使用頻度が多くて、手に入りにくい加工品である。
あと、限られた食材の中で、自分の食べたいものを作るというのは、なかなかに想像力を要するもので、それも想像力で補えているうちはいいのだが、ふとした時に食べたくなる、懐かしい味が頭に浮かんだ時、望郷の念は最大級に膨れ上がる。
そして思う。
”あ〜、なんでこんな遠いところに、自分は居るんだ〜!”と。
そういう訳で、郵便箱に不在通知を見つけた時の興奮はというと、幼い頃、待ちに待った、なかよしの発売日に、掛けられた紐を解く、あの瞬間さながらのアドレナリン排出量。
今日は6時に起床の上、普段は滅多にしない掃除などして、家を神聖なものにした上で、意気揚々と郵便局に出掛けました。
と〜こ〜ろ〜が!
気合いを入れれば入れるほどに、ハプニングが付き纏うのが、この国の頭の痛いところ。
窓口で散々待たされた挙げ句、通知書を出すや否や、”荷物受け取りは向こうのドアに回って。”と軽くあしらわれ、苛立ちを押さえつつも、素直に行ったら、”え?荷物は配達用に出払って、ここにはないよ。”と肩すかしな返答。
が、ここで負けては居られぬのである。
中身は神聖なる日本食なりとて、ここは何としても、一刻でも早くブツを手に入れたい。
なので怯まずに言った。
”ちょっと〜、この紙に何て書いてあるのよ?取りに来いって書いてるじゃないの!今すぐ持ってきて!いーまーすーぐー!!!”
かくして、ドライバーに連絡を取って貰って、待つこと30分。
トラックが戻ってきて、人の良さそうなおじさんが出てきたところを狙い、待ってましたとばかりに笑顔で歩み寄る。
”あ、セニョール!これこれ〜、お願い〜!!!”
ところがそのセニョール、身分証明所用に提示したパスポートの、全く関係のないページなど、ジロジロと見ていて一向に進まないので、さっと没収した上で該当ページを開き、”あのね、向こうに車待たせてるから宜しくね。”と言うと(ホントは待たせてないけど・・)、やっとどこからか小さな箱を出してきて、おもむろに私の顔を見ながら、”あのね、土曜日に君の家の前にいって、kyoko〜、kyoko〜って叫んだけど、誰も出て来なかったよ。” とにこにこしながら言う。
土曜日?あ、そっか。私、学校に行ってて居なかったんだ!
あれ?!でも土曜日って、ポストにはそんな通知、どこにも入ってなかったけど!?!?
しかしまぁ、この際そんなことなどどうでも良い。
私は速攻でバスに飛び乗って帰宅。そして、いよいよ、待望の入刀の瞬間・・・
と、どこからか、猫さえもがワラワラと寄って来ちゃって、箱周り、ちょっとした賑わいである。
さて、出てきたものはというと、これ。
おっ!
おおっ!
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