2013年11月29日金曜日

ランス爺さん




                                   Mr. Lance, photo by Noa 2013





ランス爺さんとの出会いは、週末に出向いたファーマーズマーケットの帰り、同じように、帰宅しようと、曲がり角に止まっていた
彼の車をヒッチハイクしようと、その窓をノックしたところから始まった。




“もしかして、コナの方に向かうところ?”

“いいよ、乗りな。”




こうして助手席に乗せてもらったランスと名乗る、見た目70過ぎの、痩せて長身の爺さんは、行き先を告げると、自分も丁度、
そこまで行くところだ、とうれしそうに言った。



“ファーマーズマーケットに行ったの?”


“そうだよ。ちょっと顔出して、買うものだけ買ったから、帰るところだったんだよ。人ごみは、好きじゃないんでね。”



笑顔が似合う、優しげな老人だ。




“朝、いるかと泳ぎに、今働いてる農園のオーナーとビーチまで行ったんだけどね。
でも、いなかったから、途中で下ろしてもらったのよ。


ね、いるかと泳ぐことについて、どう思う?
それって、彼らの邪魔にはならないのかな?”



“そうさなぁ、いるかが遊びたいと思っている間はいいけれど、カヤックで、彼らの中に割って入ったり、彼らを追いかけ回したりするのは
問題だよなぁ。


第一、ベイには人が多いだろう?


わたしは、敢えてその中に加わりたいとは思わないよ。かといって、泳いでる人たちを、どうにか出来る訳でもない。


ただ、彼らの行動が、いるかの心をいつの日か、完全に閉ざしてしまわないかと、わたしは心配なんじゃよ。”





爺さんと自分は、波長が合うなと、直感で思った。



“わしはな、人との関わりが苦手なんだ。だから隠れて山の上に生活してるんだよ。

でも、あんた方のような人に会えて、こうして話が出来てうれしい。あんた達が行こうとしている町の丘の上に、うちの農園があるんだ。
もし何だったら、見て行かないか?おいしいラテをごちそうするよ。”と爺さん。



二つ返事で連れて行ってもらうことにした。



果たして、山の手を登る事5分。


到着した場所に降り立って、私達は歓声を上げた。


空気が澄んでいる。それもこの上なく。


遮る木も何もない。


綺麗に刈られた芝生が一面に広がって、脇にはバナナやいちじく、オレンジ、パパイヤ、マンゴなどの果樹が植わっている。


                                       



















                                                                



























同じ農園であるにも拘らず、私達の滞在する場所と、土地のエネルギーがここまで異なるのは、どうしてだろう?


“昔、ハワイの王様が住んでいた場所らしいよ。ほら、あの城壁をみてごらん。”


確かにそれらしいものが残っている。

爺さんは、その昔ヨットの設計士だったという。

古いヨットを改築して作ったキャビンは、体を壊した友人が療養できるようにと、木材の部分だけわけてもらって、時間と労力を掛けて、
少しずつ作ったものらしい。




























アメリカ人の、創作能力には目を見張るものがある。

何もないところから、アイデアで何でも編み出してしまう。


彼のワークショップ(作業部屋)にも案内してくれた。



人付き合いの苦手な爺さんは、自分で何でもするという。


自ら家を建てたほか、業者に頼むとやきもきするからと、ソーラーパネルや水貯ねを取り付け、水道代や電気代は
払ったことがないという。

急勾配に植えたコーヒー畑を上り下りする為に作られた階段には、彼が、その昔乗っていた、ヨットの
サイドステーが取り付けられていた。


”もう年なんで、時間が掛かるんじゃよ。でもな、少しずつやるのさ。ゆっくりとね。”



敷地内を案内してくれた後は、いよいよ自宅に招き入れてくれ、ラテをごちそうしてくれるという。

中に入るやいなや、私達は、再び歓声を上げた。


家の中に、様々なお宝がたくさん詰まっていたからだ。



アジアの各地から集められた仏像。

チベット仏教の飾り絵。



家のライトは、昔彼が作っていたヨットから移した年代物だ


古時計、大昔に使われていたらしき古トランク、薪ストーブ、一つ一つに味があり、そのどれもが美しい。














































物が捨てられないのだという。


“今は世の中、変わっちまったけどな。なんせ、ブルーカラーの仕事に就く人間がいなくなっちまったんだ。

今や皆んな、コンピューターの仕事さ。だけど、土にも触ったことのない子供が、一体どういう大人になるっていうんだよ。”


爺さんの顔が一瞬曇る。


自分は社会の流れについていけないのだと呟く。


幼くして母親を失くし、継母とうまくいかなかった為、13の年で家を飛び出て、理髪店で靴磨きをしながら
食いつないで生活したらしい。


職を転々としながら、やがて海軍の仕事にありつき、ベトナム戦争にいって、自分の予想とは裏腹に、生き延びてしまった。


“本土の土を踏んだ時にはな、天に向かって十字架を切り、地面に口づけしたよ。

ところがさ、バスに乗った瞬間、そこに乗っていた奴らが、凄い目つきで、俺を睨みつけるんだ。唾を吐きかける奴もいた。

ベトナム帰還兵は、社会のはみ出し者とされたんだ。あれは本当にショックだった。

それ以来、人とは拘らないように、隠れて生活しているのさ。”


彼の声は、興奮の為に声高となり、それでも、自分の人生は祝福されていたと、何度も繰り返す。


静かな丘に建つバルコニーの向こうには、水平線が、燦々と照る太陽に輝いている。


現実と幻想の狭間にいるかのような、静かな空間。


爺さんの入れてくれたラテは、甘く優しい味がした。


どの国にも、どの時代にも、社会の犠牲となった人がいる。














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