2011年6月2日木曜日

腹を括るということ

Hamaca, Cozmel, Mexico



先日、叔母に激しく渇を飛ばされて以来、ここしばらくシュンとしていた。

彼女曰く、老いた時にどうするのか、蓄えもなしに、どうやって生き延びるのか、結婚もせずに、もし相方が先に死んだら、その後、どこでどうやって過ごすつもりなのか、いったいどういうつもりで、何を考えていることがさっぱりわからない、と言う。

こういう時、私は本当に困ってしまう。

なぜならば、私はいつも”なんとなく”過ごしていて、色んなことを現実的に考えるべきだ、と相棒に言う割には、心のどこかでは、”まぁ、何とかなるでしょう。”と思っている節があるからだ。

いつもそうやって生きてきた。

若い頃は、とにかく楽しく過ごしたいことが優先で、貯蓄には目もくれず、独身生活を満喫してきた。バブル時代の申し子といわれても仕方がない。

そして、そんな自分が30半ばを過ぎて、シンガポールに移った時は、さすがに圧倒された。

初めての海外単身生活に、緊張していたこともあったし、また、華僑の多い国柄、彼らの現実的な考え方に痛く影響を受けて、ある日ある時、”これはいかん”とばかりに、猛烈に貯金を始めたのだ。

そして、毎月、給料から家賃と食費を抜き、あとはすべて貯金に回し、およそ20数年後に迫った老後に備えるべく、何度も計算機を叩いた。


”えーっと、1ヶ月の貯金が○○ドル。1年間で○○ドル。これを貯蓄型保険に預けて、20年後に戻ってくるのが、この額。うーん、これだけ切り詰めても、たったのこれだけか~。”

そして、その満額で、実際に自分が何を買えるかを、ある日、徹底的に調べてみることにした。
まずは隣国、マレーシアの家を検索した。

サーフィンの出来る小さな街の小さな集合住宅。
隣と壁がくっついているタウンハウスがその予算で買えるマイホーム。

次にオーストラリアの家を見た。
オーストラリアは、旅行で訪れたことがある、青い空に美しい自然が魅力的な国。
なかでも、都市機能を持ったシドニーには少なからず、心を動かされていたので、いくつかの不動産サイトを見たが、最早、都市部で手の出る物件は皆無であった。

最後にハワイ。

不動産サイトの家は、どれも夢のように素敵で、でももちろんゼロの数が少なくとも2つくらい違っていた。しばらく、それらの家に見入り、ため息をつき、そして最後に、奇跡的に予算内に収まる家を探し当てた。

その住所はハワイとなってはいたけど、背景の風景はというと、火山の麓らしき、砂利の風景だった。家は斜めに傾いた掘っ立て小屋で、外にドラム缶風呂が付いていた。

現実を、見つめるということは、なんと無味乾燥としたことだろう。

こんなに切り詰めて、好きなものも我慢して、友達付き合いもせずに20年頑張り続けても、私を待っているのは、隣と壁のくっついた、田舎町の小さなタウンハウスだけなのだ。

私は目の前のPCを消して、翌日、サーフィンに出掛けた。


**


確かに今でも、日本から遠く離れたところで暮らしていれば、信じられるものはお金だけ、という気持ちになるのはわからないでもない。

だから私も、日ごろはせっせとヘソクリに励んでいるし、無駄使いは極力控えている。
けれど、どんなに電卓を弾こうが、現実的になって、これからどうやって財を増やしていこうかと考え抜いたたところで、何かが劇的に変わるとは到底思えない。

私は、現実を見つめることだけに躍起になり、その目標達成の為だけに、自分の魂に嘘をついてまで、やりたくもない仕事をやったり、楽しみを20年先まで据え置くということが、想像できない。

だったら、ささやかでもいいから、今この瞬間を楽しみたい。

結局私はどこまでも、南国人体質の怠け者なのだ。

そして、これが私の弱みであることは紛れもない事実だと自覚しているからこそ、”将来どうするのよ!?”と突っ込まれた時には、目を白黒させて、口ごもるしかないのだ。




さて、そんなことで、しばらくしょんぼりしていた私のところに、最近知り合いになったばかりの友達が遊びに来た。

そして私の話をひとしきり聞いた後で、その、独特の間合いと飄々とした風情を崩さずに、彼女はこういう。

”落ち着くべき場所は、自分の心の中にあるもので、場所ではないんだと思うけどな。”

唖然としている私に、彼女は更にこう言う。

”友達が、ここあそこと点在しているからこそ、それが原動力となる。今あるあなたは、過去から日々積み重ねて出来た集大成であり、結果であり、だから、それこそがあなたの今あるべき姿であって、それを今さら、昔風に変えようとしたところで、それは無理な話でしょう。”と。

目からうろことはまさにこのことだと思う。

彼女は続ける。

”もし仮にすべてに失敗してしまったといっても、私たちはありがたくも日本人として生まれ、いざとなれば生活保護を貰って、なんとか食べていける。たとえ、一人ぼっちで年老いたとしても、死ねば、市役所の人が来て、火葬してくれるでしょう。そう考えれば、心配することなんて、何もない。”


これだ。この腹の括り具合だ。
これが私には、欠けていた。

神様ありがとう!!!

というわけで、モヤモヤの晴れた私は、めでたくいつもの能天気なハッピーヒッピーに戻り、今日もご機嫌で、地元を隅々までチャリンコで疾走するのでした。

笑う角には福来る。
さ~て、今日もこれから出掛けるとしますか。


(追伸)私自身は、仮にすべてを失ったとしても、日本に戻って生活保護を受けるつもりも、ここで死ぬつもりもありません。念の為。
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4 件のコメント:

  1. これも、いつも私が感じてる「他人の勘違い」の部分でもあるんだけど。

    みんなまず、お金の計算するんだよね。
    だから、現実化できない。

    私、海外移住決断した時、ギャラリーつくった分の借金300万円くらいあったんだ。
    で、手持ちが50万円あるかないか。笑。

    でも、サーフィンしたくてさ。
    お金なくなって、飢え死にする直前まで、サーフィンしたくてさ。笑。

    で、「移住するぞ~、サーフィンするぞ~。2ヶ月後に工房閉めるぞ~」って決めたら、どんどん注文入って、借金なくなり、1000万円くらいたまった。

    やっぱさ。
    「自分の希望」が先だと思う。
    そうすると、お金とか、土地とか、そういうのは、勝手にまわってくるような気がするな~。^_^ //

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  2. ワハハハハ!

    さすがルリ子先生。

    やることが大きいよね。

    自分の希望が先って、分る気がしないでもない。

    よーし、瞑想瞑想。

    あ、もちろん微笑みを浮かべてね!

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  3. 俺も瞑想再開するか!

    近所の公園にマイ瞑想スポットがあってそこで10分くらい瞑想すると、ほんと気持ちよくなるんだよ。

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  4. jahummingさん:

    是非是非~!

    ちなみに私はこれに行って、面白かったよ。
    http://www.jp.dhamma.org/index.php?id=1165&L=12

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