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さて、彼女との楽しいひとときを過ごした後、さて、これからどうしたものかと私は思案した。
昨日、バスに飛び乗った時の衝動は、”湯船につかりたい”ということで、昨日の段階で、本当は大枚を叩いてバスタブのついた、4つ星ホテルに泊まるつもりでいたのだ。しかし、実際、行動を目の前にすると、怖じ気づいて躊躇してしまう自分がいる。
そう、4つ星ホテルといえば、うちの家賃の半月分以上に相当する大金なのだ。
ただでなくても出費が嵩む今日この頃、どうしてそんな散財を一気に出来るだろう。
だから間を取って、バスタブはないけれど、ハンモック付きのホテルにて、私は心からくつろいだ。
そうなのだ。たったわずかな贅沢でも、自分にご褒美というのは、何かと気分一新に繋がるのだ。
よ〜し、じゃ、この調子で、ほんとに温泉に行くぞ!
人間、開き直ると怖いものである。
あんなに普段はセコセコしているくせに、今では温泉気分満載で、早速ネット屋に飛び込んで、情報収集とかかる。
”ほぉ〜、グアテマラにはたくさん温泉があるんだな。”
”お、メキシコシティから近いところにこんな温泉も・・”
”いや、待てよ〜。せっかく家を出てきたんだから、前から行きたかったオアハカにも行ってみたいし・・”
散々考えた挙げ句、取りあえず、グアテマラとの国境、チアパスまで行って、上るか下るか決めることにする。
夕食は、映画のロケ地になりそうなこのレストランで。
レバノン系のお店で、メニューは豊富だったけれど、長時間のバス旅になるのと、最近、ベジタリアンがマイブームだったりするので、軽く済ませ、夜7時過ぎのバスに乗り込み、間もなく深い眠りについた。
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さて、次に目を開けた時、目の前に広がっていた風景は、海辺の平坦な景色から一転して、山岳地帯の長閑な光景だった。
簡素な先住民の住む家々を通り過ぎ、目につくものは、大きなバナナの木、放し飼いの鶏の親子、ヤギ、牛、子供たちとどこまでも素朴である。
どこに行ってもそうだけど、田舎の風景というのは、本当に心が和む。
そして、澄んだ空気に広がる木々が、青々と枝を広げる姿を見ていると、酸素が体中に浸透して、波打っていた心が、フラットな状態になっていくのを感じるのだ。
そんな風景をしばし楽しみ、果たして、チアパスまで到着する頃には、太陽は真上に上がっていた。メリダを出て、合計17時間。
予定より、大幅に時間を超えての到着だが、文句をいうものは誰もいない。
やれやれ、や〜っと着いた・・
と、バスから出て、大きな伸びをしようとして、固まってしまう。
え?!バスの中より寒いんだけど!
そう、南国にはよくありがちですが、この国の一等バスもご多忙に漏れず、車内に冷房が効きすぎていて、相当寒いのです。
貧乏旅行に慣れた私は、当然毛布持参にてこの旅にも望んだのだけれど、高地に位置するこの町の気温は、極寒の車中よりももっと寒かった。
あ、ってか今10月じゃん!ということに気が付くも、時既に遅し。
太陽の日差しはかなり暖かいけれど、日陰はかなり寒い。
そして、足元も・・。
そう、私は短パンにビーチサンダルという格好のまま出てきてしまったのだ。
常夏の場所に住んでいると、こういう基本的なことが、時々すっかり抜け落ちてしまうのが我ながら情けない。
これじゃ、メキシコシティより北の温泉なんてとんでもないな。
あちら側も、標高が高くて、昼夜の温度差がかなり激しいのだ。暖房設備のないこの国の安ホテルなんかに泊まった日には、震え上がってしまうこと請け合いだ。
快適とはほど遠いかも知れないけれど、それよりも、やっぱりここは旅人らしく、グアテマラに南下して、貧乏旅を楽しもうではありませんか。
そう決めたあとは、さっさと決めていたホテルにチェックインし、情報収集のために、以前何度か訪れたことのあるこの町のメインストリートを歩いて見る。
いやはや、何も変わってないなぁ〜。
あの時は、農業実習でこの町を訪れたんだっけ。
途中で飼っていた猫の訃報を受けて、残念ながら途中で帰ってしまったのだけど、あれから早や2年の月日が経ったとは。
お世話になったオーガニックレストランを訪れてみると、いたいた、あの頃と変わりのない顔ぶれが。
毎朝早起きして見せてもらったパン係の男の子は、表に出て働いていて、聞けば学校の方が忙しくて今では週2回しかパンは作ってないらしい。
残念ながらオーナーは不在にて挨拶も出来ないままだったけど、旅先で、自分を知ってくれている人に再会するのって、本当にありがたいことだ。
パン作り少年に至っては、私の名前までちゃんと覚えてくれていた。
ありがとう、デルフィノ!
そしてかつて自分がウーファーした、オーガニックレストランで、サラダをこんもり食べ、すっかりご機嫌になったところで、レストランを後にするやいなや、店から出てすぐのところで、日本人らしき女性発見。
一度は通り過ぎたものの、また戻って、声を掛けてみた。
”日本人の方ですか?”
”あ、はい。”
”あの〜、お会いしたばっかりで恐縮なんですが、地球の歩き方の中米編なんて持ってませんか?グアテマラに行きたいんですが、急いで出て来たので、もし良かったら、コピーさせて頂けないかと・・”
”あ〜、ごめんなさい・・私、ガイドブックって持ってないんですよ。”
聞けばその彼女、ガイドブックを持たずに、すでに1年近く旅を続けているらしい。
しかも、最初は中国から始まり、東南アジア、中近東、ヨーロッパを周り、南アメリカから北上して来て、つい数日前にグアテマラから、チアパス入りしたらしい。
”グアテマラ、雨が多くて、土砂崩れや通行止めも多いからどうでしょうね。私は、メキシコにきて、ホッとしてるんですよ。”
”え?むこうも雨が降ってるの?”
”いやぁ、この辺一帯、皆同じ周期でしょう。雨ばかりでどこにもいけなくて、つまらなかったですよ。それにむこうは物価も高いし。”
”え?グアテマラの物価が高い?”
”ええ、こっちよりも断然高いです。私も安いと思って行ったから、あてが外れちゃった。おまけに食べ物もおいしくないし、宿も種類が限られているし。メキシコの方が私はよっぽど好き。”
そう聞いて、私の胸は大きく揺れた。
散々これまで雨に降られ、道は通行止め、お湯もネットもない、ないないづくしの生活に嫌気がさして出てきたというのに、今より更に不便な思いを、わざわざお金を払ってしにいくのか?しかも、バスもどこまで通っているのかわからないというのに。
それよりも・・と私の心は動く。
行こう行こうと思いつつ、時間がなくて今まで行けずに居たオアハカに行ってみるのも、悪くないかもな。メキシコ内だったら、バスだって快適だし、いざというときには飛行機でさっと戻ることも出来る訳だし。
いったんそう決めると、なんだか身構えていた肩の力が抜け、彼女、清香ちゃんとの会話を思い切り楽しむことができた。
彼女は20代半ばくらいの笑顔の素敵な爽やか少女。
私が20代の時には、こうやって長期にわたって海外を渡り歩くなんて発想は、誰にもなかったし、海外にただ単に住むなんてことも奇抜な発想だった。
21の時に、初めてメキシコに来て数ヶ月を過ごした後、日本に戻って人に話したら、相当珍しがられたけれど、 20年以上経った今、日本人の若い子が、学校を出てすぐに国を飛び出て、まずは世界一周なんてもう、珍しくともなんともない時代になったのだ。
たったの20年で世の中の価値観がこんなにも変わろうなんて、あの時、誰が想像しただろう?
彼女の話しは眠っていた私の旅心を強く揺さぶった。
そうだよ、この感覚。
私は旅が好きだった。
そして、旅をしている間は、本当にたくさんのことを感じ、たくさんの写真を取り(旅をしている時というのは、どうして力量よりも良い写真が撮れるのだろう?)、たくさんの人との出会い、別れがあり、そして何より抜群に楽しかった。
あ〜、また旅を再会したい!
しかし同時に私にはわかっている。
自分には、もう過酷な旅が出来ない事も。
私には、安宿のマットレスで蚤やダニに咬まれ、固い枕で首を寝違え、安い予算で毎回サンドイッチを食べて過ごすしたり、夜になるとどこからともなく集まってくる様々な旅人達と共に、夜更けまで酒盛りをするような旅は、もう出来ない。
夜は早々に明かりを消して、ロウソクを点し、部屋で静かに本を読んだり、ワインを飲んだりして過ごしたいし、ベッドだって、うすっぺらい毛布1枚では寒くてやりきれない。
食べ物は、節約型かつヘルシー志向が基本だけど、たまには、素敵なレストランで、優雅にその土地の産物に舌鼓を打ちたい。
やっぱり、旅をするには資金だよなぁ・・
戻ったら、真剣になんとかしなくっちゃ。
(続く)
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