2012年5月15日火曜日

海の物語 Vol.1

                                         Cosmel Island, Mexico



10年ほど昔、シンガポールに住んでいた頃、週末が来ると、マレーシアの海まで、サーフィンをしに通っていた。


マレーシアでサーフィン?って思われるかも知れないけれど、冬場には、結構良い風波が立つ。


しかも当時は、コミュニティがまだ小さかったから、海に入ってる全員が、知り合いといった具合で、皆が仲良く、譲り合って乗っていたので、いつまで経ってもうまくならない、私のような者にもちゃんと順番が回ってくるという、今考えれば、何ともありがたい仕組みだった。


もちろん、うまく乗れたときの快感と言えば、言葉で表しようもなく、自分も自然の一部、大家族の一員になったような、なんともこそばゆい気持ちで、週末が近づくと、荷物を纏めては、そそくさと出掛けて行ったという訳だ。


さて、このコミュニティには、色んな人がいた。


地元のマレー人はもとより、シンガポール人(そのシンガポール人の中にも中華系、マレー系、インド系がいる)、シンガポール在住の駐在員(主にアメリカ、オーストラリア人)、そして私のような現地採用の日本人と、まぁ、色んな顔つきの色んな人が、それぞれやってきては、一日を共にするという感じで、それがある日は、マレー人の中に私だけで、のんびりゆったり過ごすこともあれば、行ってみたら中華系ばかりで、彼らの頭の回転の早いトークに、やられっぱなしのこてんぱんにされる日もあれば、はたまたお金持ちの駐在員が混じり、そこにいる女子のテンションがあがる日もあれば、ティーンエージャーの子供ばかりで、彼らに混じり、食パンと缶詰で空腹を満たしながらビーチで野宿という日もありと、いつ行っても違う感じで、色んな顔を楽しむことができたのだ。




ところが、そんな平和なビーチに、ある日ある時、ちょっとした事件が発生した。



突如として、絶世の美女が登場したのだ。




彼女の名前はニコル。生まれはシンガポールながら、水泳の選手として、オーストラリアに派遣され、長年トレーニングを積んで帰ってきたという彼女は、中華系シンガポール人というよりも、笑顔の美しい、スレンダーなポリネシア美人といった容姿。


それまでも、いわゆるビーチ映えする、ビキニ美人とか、ギャラリーとしての女性はたくさんいたけれど、彼女は正真正銘の、水泳で鍛えた美しい肢体を持つ本物サーファー。


パドルの早さは当たり前のことながら、波を取る姿、スプラッシュをあげる、その格好良さ、そして、乗り終わって戻ってきた時に見せるその笑顔に、海の中の様相はガラリと一変した。


海の上、丘の上に限らず、男という性別の持ち主は、誰もが必ずや一度は彼女に話しかけて、様子を探らずには居られず(泡よくばデートも)、それまで全てを欲しいがままにしていた女子連中は、彼女に脅威を感じて、眉間にしわを寄せはじめ、まぁ、要するに、それまで穏やかだったビーチの雰囲気が、どうにも不均衡なもの・・なんだか浮ついたような、探り合い、出し抜き、そして嫉妬光線の飛び交う、妙なものになってしまったのだ。



しかし彼女は、そんな自分のことを良く知っていたのだと思う。

最初に私ともう一人の女友達のところにきて、自己紹介をした。


”私、ニコルというの。よろしくね。”


その時、自分がなんと答えたかは覚えてないけれど、言わずもがな、自分の対応が非常に冷淡であったことは、覚えている。


普段、男連中が、お金持ち駐在員サーファーに、感じ悪くしているのを横から見ながら、”子供っぽいわねぇ。”なんて嘲っておきながら、自分の時には、よろしくの一つも言えないのだから、全く人間とは勝手なものだ。


しかし、この不均衡も永遠には続かなかった。
彼女が、とある彼女にぴったりの、素敵な男性のもとに収まったからだ。


そして、それが確定したのと同時に、それまでの不協和音は嘘のように成りを潜め、以前の平和なビーチに戻ったのであった。




                 ※※※




さて、そんな珍騒動があってからしばらく経った頃、いつものようにアウトで波待ちをしていると、彼女が少し離れたところにやってきた。



通常、アウトに出たら、あまり話はしないのが鉄則だが、その日は波もなく、全く穏やかな一日で、ぼーっと浜辺を見るともなく眺めていたら、”足下をね。”と背後から声がする。



振り向くと、彼女が足下をクルクルとかき回しながら、”波を待っている時、ついつい足下を確認してしまうのよね。”と言っている。



何を言っているかわからず、一瞬ぽかんとしていると、”オーストラリアではね、波を待っていると、イルカがよく遊びに来るのよ。”と彼女。



”え、いるかが?ほんとに??”



”ほんとほんと。だからね、ついついその時の癖で、こうやって波待ちしている時、下を確認しちゃうんだ。”と彼女は顔を上げ、静かに微笑んだ。



その一言をきっかけに、私は彼女と話しをするようになった。




その話に寄れば、彼女はバイロンベイという、サーファーの間では有名なポイントでサーフィンを始めたということ。


シンガポール代表としてオーストラリアに遠征したものの、上には上がいたのだろう。結局その道には進まず、何かをきっかけに、サーフィンをするようになったらしい。



サーフィンをしている人の側に、いるかが遊びにくるなんて、信じ難い話だけれど、でも、もしそれが本当なら、私も是非見てみたい・・いつしか自分までもが、そう夢見るようになった。


全く世の中は広く、世界にはたくさんの場所、そしてたくさんのサーフスポットがあり、自分の知らない、素敵な世界がたくさんある。


そして、自分の腕さえ上がれば、もっと色んなところに入れるようになって、もっと多くの素晴らしい体験が出来るようになる・・・



そう想像するだけで胸は高鳴り、それに併せて私のサーフィン熱は益々加速していき、寝ても覚めても、頭の中は波のことだらけ。終いには、良い波があると聞くと、仕事までさぼって出掛けて行くという危なっかしい状況にまでなっていた。


そして、彼女と話してから約2年経ったある日、たまたま開いたサイトがきっかけで、私は、いよいよ待ちに待ったオーストラリア遠征に出掛けることになった。





(続く)






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