2011年4月18日月曜日

メキシコネタ もう一丁



土曜日の朝6時すぎ。

シャワーの蛇口をひねって、舌打ちする。

7時から学校が始まるというのに、こういう時に限ってガスが付かない。

取る物も取りあえず、ライターを片手に屋上に駆け上り、這いつくばって着火するにも、一向に火はつかず、ただ、風でガスが消えたのではなく、ガスそのものがなくなっていることに気付いて愕然とする。

そう、ここメキシコでは、こういう面倒くさいことが、ちょくちょく起きるのだ。


例を挙げれば切りがないが、簡単に説明すれば、それは予期せぬ停電であったり、何ヶ月経てども交通止めになったままで全く進まない道路工事だったり、水道水が飲めない国柄ゆえ、朝、コーヒーを入れようとして水がないことに気付いて、階下の倉庫から、寝ぼけ眼のまま、大きなボトルを、えっちらおっちら運んだり、などなど。

中でも一番面倒くさいのは、ここぞという時にネットが使えないことと、疲れ果てて家に帰った時に、ガス切れで、お湯シャワーが出ないこと。

これは、本当にがっくりきてしまう。

この日も張り切って早起きした割には、いきなりのガス切れで、一日の始まりにケチをつけられたような気がしてしまった。

実際、この国でのガス切れは、なかなか面倒くさいことだったりもする。

配達を頼もうなら、修行僧のように家で待ち続けないといけない。

たいていは、頼んだ当日には来ないので、その苦情の電話を入れ、2、3日待って、やっと来ればいいほうで、うちなんかは、すぐにしびれを切らせ、自ら重いタンクをトラックに運んで、郊外まで毎回買いに行っていた。

が、昨今相棒の多忙につき、そんなことも言っていられなくなってきて、その翌日になって、忙しい時間を縫って、スタジオから戻ってきた彼が、タンクを屋上から運び出し、出掛けた直後になって電話を掛けてきた。

えらく興奮していて良く聞こえなかったが、”今すぐ表に出てきて!”と言っている。


何だろう、と思いながら外に出ると、そこにはなんと、たまたまた通りかかったガス会社の車を止めて交渉している姿があるではないか。

”今、お金を払ったら、明日、持ってきてくれるって!”

これで、1時間以上、節約できた彼は、ホクホク顔である。

ちなみに、通りには、なんと3台もの、異なったガス会社の車が同時に通りかかって、1台目は断られたものの、2台目の会社との交渉に成功したという訳だ。

まるで宝くじに当たったかのように嬉しそうに笑う彼を横に、私は呟く。

”でも・・本当に、ちゃんと持ってきてくれるのかな・・”

しかし、楽観度数120%の相棒は、”大丈夫!チップもはずんだし、これで憂いなしというわけさ。はっはっは!”

とすこぶるご機嫌でスタジオに帰って行った。

そして翌日、再び早朝コールで呼び出された私。

”悪いけど、ちょっと手伝いに来て〜!”

いそいそと弁当持参で出掛ける私。

そして、スタジオに到着したや否や、あっ!と叫び声をあげてしまった。

”ど、どうしよう。今日、ガスの配達が来る予定だったってこと、すっかり忘れて来ちゃったよ〜!”

”大丈夫、大丈夫!今日居なくても、明日また来るって!”

人ごとだと思って簡単に言っているが、実はそんな保証はどこにもないことは、2人とも承知の上である。そう、ここはメキシコ。思った通り行かないのが、この国のお約束ごとである。

すっかり気落ちした私は、”あ〜、今日も自分でお湯を沸かしてタライ風呂かぁ・・”と、仕事に力も入らない。

ところが、一日の力仕事を終え、再び家に辿り着いた途端、ドアの開く音がして、隣人ペドロが出て来たではないか。

”Hola, ペドロ。”

”Hola, Kyoko!今日、ガス屋が来たよ。”

”そうなのよ〜!すっかり忘れてさぁ、出掛けちゃったのよ〜!!!”

”いや、預かってるよ。ちょっと待ってて。”



と、速攻で部屋から何かを取り出し、一瞬の間に、となりのドアを開け、まるで魔法でも使ったかのように、さっとガスタンクを取り出したペドロ。


”あ、ありがとう・・”

”さぁ、このガス、どうしよう?もし良かったら、屋上まで持って行こうか?”と、にじり寄るペドロ。

”あ、いや、大丈夫!ほら、明日、彼も来るって言ってるからさ。ありがとう。”

なんでもチップ制のこの国。例え隣人の親切でも、油断は禁物なのだ。

そして、自宅に入り、速攻で電話を掛ける私。

”あ、もしもし?私だけどさ。あのね、ガスね、帰ったらペドロが預かってくれてたのよ。”

”えっ?あ、そうなの?!それはよかった。彼もたまにはやるねぇ〜!”

”・・なんだけどさ。ちょっと腑に落ちないことがあって。あのさ・・”

”?”

”うちと、彼のアパートの間の部屋、そう、あなたが物置にしている部屋ね。あの部屋、あなた今ペドロとシェアしてるの?”

”え?”

”いや、ガス預かってるからちょっと待っててって、私も自分の家のドアを開けてたから、その瞬間は良く見なかったんだけど、もし私の見間違いでなければ、彼、あなたの物置を開けて、そこからガスタンクを取り出したんだよね。”

”・・・”

”ほら、この間、ミャオちゃんがいなくなって探して回った時、なぜか物置から彼女の鳴き声がして、開けてみたら、閉じ込められていたって話しをしたでしょう?”

”うん。”

”私の居ない間に、あなた来たって聞いたら、来てないっていってたよね。”

”で、でも、なんでペドロがうちの物置の鍵を持ってるんだ?!?”


”そんなの、私の方が知りたいくらいよ!でも問題はさ、例えば、誰かが抜き忘れた鍵を、彼がキープして、中をこっそりと物色していたとしても、どうして、私の見ている目の前で、堂々と鍵を開けて、うちの領域に入っていかなきゃいけないかってことよ。私、一瞬きつねにつままれているんじゃないかと思ったわよ。で、家に入って、冷静に考えてみて、でもやっぱりこれって変じゃん!?と思って、電話したってわけ。”

”うん、たしかにおかしい。明日、鍵、取り替えるよ。”

***


このペドロに関して、ここで説明するのは、正直難しい。

何しろ、今までにも、数々の逸話を残した人物で、ある時はうちのアパートの管理人、ある時は世捨て人、ある時は宇宙人、そしてある時は油断も隙もないイカサマ野郎なのである。

ちなみに、うちの物置には、相棒がどこかで集めて来たガラクタが所狭しと並んでおり、正直、金目のものは一切置いてない。しかし、だからといって自分の見ている前で、赤の他人が、自分の家の敷地の鍵を開け、中に入っていくのを直に見る、というのは、決して気持ちの良いものではないのである。

その昔学生の頃、外人アパートに管理人として住んでいたことがあったのだけれど、ある日、共同エリアのキッチンに入ったら、隣に住むオーストラリア人の女の子が、私が前日に干したはずの、お気に入りのシマシマソックスをはいて、楽しげに料理しているところに出くわしたことがあり、驚きのあまにり声が出なかった記憶があるのだが、今日のそれも、それに並ぶ大ヒットであることは間違いない。

念願のガスタンクが無事に手に入り、熱いシャワーを浴びて幸せを感じつつ、何かが腑に落ちないような気がしないでもない、メキシコの一日であった。

終。




.

2 件のコメント:

  1. あっはっは、なんだか小説が書けそうなおもしろい環境で暮らしているね。いやーなかなかに濃い登場人物達ですな。

    返信削除
  2. mama taponeさん:

    そうでしょう〜?!

    どうして、いつも私の周りには、こうも変な人達が集まってくるのか、自分でも不思議です。(苦笑)

    返信削除