2012年9月28日金曜日

幸せと工夫は背中合わせ




                                    Peekaboo, A dentro de coche





最近気が付いた事。




それは、快適な環境にいる限り、ハプニングやカオスとは縁遠くなるので、私のような、落ち着きのない者は退屈し、ハプニングや冒険を求めて旅立てば、それに比例して、不具合や、不毛な環境が付いてくるので、疲労が次第に蓄積され、それにも辟易する、という図式。



つまり、快適な生活をしながら、ハプニングやカオスを求めるのは不可能に近く、ワクワクを重視すれば、そこには、快適さやスムーズさは同居しない。



良いとこ取りの人生、なんてのはあり得ないのである。





               ***





最近、勤務先のホテルに続く一本道の工事が始まって、もちろん、こちらの都合などお構いなく、真っ昼間に工事をするものだから、ラッシュ時間に車が延々と連なり、堪らない。




通常だったら、ものの10分で通り抜けられる道を、毎回1時間近く掛けて、ノロノロと進まなければならず、行きならまだしも、これが帰りとなると、仕事の疲れも加わって、ぐったりとしてしまう。




私はシフトの関係で、毎日、この渋滞を我慢しなければならない訳ではないけれど、それでも、忘れた頃に、この渋滞に巻き込まれて、しかも、それがクーラー無しのバスだったりした日には、かなりストレスが高くなる。




が、今日は、事情が異なった。




バスの中で、とある日本人と電話で話した直後に、”日本人ですか?”と話しかけられ、振り向くと、そこにかなり若目の女性が、にっこりと笑いながら立っていたのだ。



制服を着ているところを見ると、どこかのホテルの従業員なのだろう。





”電話の声を聞いてたら、日本語かなって思って。”と嬉しそうに話す彼女。
それを聞きながら、その隣に立っている別の男の人まで、一緒に微笑んでいる。
皆、渋滞したバスの中で、退屈しているのだろう。



こうなると、日本代表としては、黙っている訳にもいかぬ。



”私、学校でも働いてるのよ。”



というところから始まり、生徒にはこんな子がいる、とか、彼らはアニメに非常に詳しい、とか、彼らの知らない日本好きな、メキシコ人キッズの説明までしなければならない。






しかし、バスは一向に前に進まない。




話が一区切りついたところで、能率の悪いことと、愚図が大っ嫌いな私は、汗と疲れで一気にイライラを高めて・・・・いくはずだったが、怒る間もなく、またしても隣から質問。





”ね、日本のどこの出身?”




それで、仕方なく、今度は日本の説明をする。



”あのね、日本ってのはね、大きくはないけど、長いのよ。でね、うちは、その南の方にあって、メキシコから帰ろうとすると、これが、結構遠くてねぇ・・”




更には、地元が、メキシコでいう、オアハカみたいなところだということや、日本の全てが東京みたいに発展している訳ではなく、フィンカ(農園)や、自然もたくさんあることを説明すると、その子は目を輝かせて、こう言った。




”うちもおばあちゃんが、タバスコ州でカカオ農園をやっててね。”

”え?カカオ農園?”

”そうよ、カカオってね、こんなに大きいのよ。”




彼女は、車内の熱気で、鼻の下に大きな汗をかきながらも、一生懸命説明する。


カカオの実ってのは、これぐらいあって、その中に、豆があって、それがチョコレートにもなれば、ココアにもなって・・



そう話す彼女は、何だか、とても嬉しそうである。




私は相づちを打ちながらも、バスの流れが気になって仕方がない。



一体、どこまで進んだのか?



もう、たった一本橋渡るのに、どれくらい時間が掛かるんだよ!




姿勢を低くして、現在地を確認したくも、隣の彼女がにこやかに話し続けるので、チェックもできず、イライラする隙もない。





そうこうするうちに、(隣り合わせになってしまった関係で、逃げられない)話は、それぞれのお国自慢になり、(独立記念日の有意義な過ごし方まで教えてもらった。)彼女の大学でのコース内容(ホテルの従業員かと思いきや、インターンの学生であった)になり、しまいには、ラグーンのワニが最近、人を襲うのは、人口(?)密度が高すぎるからで、政府が、彼らを捕獲して、他のラグーンに移している話まで聞いたのであった。




途中で、何度か沈黙が流れ、その度に、本来の、気の短い自分を取り戻して、イラっとしようとする(?)のだが、なぜか、絶妙なタイミングで、また彼女が喋りかけてくる。




段々、合図値を打つのにも疲れてきて、もう、いい加減、一人にしてくれ〜!・・
と思った瞬間、バスは最後の渋滞地点を超えたのか、スーッと軽快に動き始めた。




やった〜!これで、うちにたどり着く!!




皆の顔に、安堵の表情が浮かんで間もなく、バスはセントロに入り、あれほどお喋りに花を咲かせていたお隣さんは、「じゃ、またね!」、と言い残して、他の大勢の乗客と共に、あっという間に消えて行った。




ガラガラになったバスで、吹き込んでくる夜風に当たりながら、やれやれ、と肩を下していると、ふとこんなことが頭をよぎった。





もしかして、幸せって、その状況を楽しむってこと??




例え、汗まみれでうんざりする状況にあっても、その場を楽しもうと、自分で、工夫する心の余裕が、その状況を、楽しくも幸せにもするってこと??





それが、いつも先へ先へと焦って、イライラしがちな私へのメッセージのように感じられ、バス停を降りてとぼとぼと歩いていると、いつも通りで見かける子供達が、うれしそうに歓声を上げながら、駆け寄って挨拶をした。





”何してるの?”

”遊んでいるんだよ!”





なんだ、幸せって自分で作れるのか。



次の旅は、タバスコ州のカカオ畑にしてみようかな。












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2012年9月8日土曜日

200ペソの重み・続

                                              La Empleada del Hotel




南国を旅した人なら、わかると思うけど、彼らの仕事ぶりは、往々にして遅い。


計算も、電話の対応も、ビニール袋に商品を詰める手も、郵便局の対応も、どこに行けども、延々と待たされる。


それから手際も悪い。
日本人の我々がやれば10秒で済むようなことでも、彼らの手に掛かれば、どうやったら、そんな風に出来るのか、というくらいに、要領を得なかったりする。


前のホテルで働いていた時に、絶世の美女がいて、その美貌、その魅惑的な笑顔に、スタッフ、お客ともども、魅了されていた。

性格も良い子で、それは充分にわかっているのだが、彼女に仕事を頼むと、そのあまりにも”出来ないぶり”に、ちょっとしたショックを受ける。

入った当時は、他のスタッフが超スピードで働いている時も、彼女だけは、ただニコニコと座っているだけで、一体どういうことなのだろうと不思議に思ってはいたが、最終的には、悟らずを得なくなった。


頼めば後々、こちらの仕事が増えるだけなので、それなら最初から、何も頼まずに、機嫌良く、お客さんとの窓口でいてもらった方が、お互いの為に良いのである。


そう。誰がなんと言おうと、彼女には、美貌と笑顔という「武器」がある。


そこに座って微笑んでいるだけで、通りかかる人々は癒され、また気分を良くし、彼女に笑い掛けられただけで、お客は何か特別なサービスを受けた気になるのである。


泥臭い作業や、細かい裏方の仕事は、我々、「ガテン系」がこなした方が、早くてスムーズだ。


お互いにないものを、求め合ったところで、それは時間の無駄というものであり、それぞれが、持っているものを、十二分に発揮さえすれば、それで良しとするのが、一番の解決策だと思うようになったのも、ここにたどり着くまでに、色んな葛藤があったからだ。




それはさておき、日本から来られるお客さんから、”スタッフの皆さんの笑顔が素敵で、本当に癒されました。”というコメントを頂くことがある。

それはうれしい限りではあるけれど、同時に思う。


彼らの笑顔の対価に対して、その方々は、何かを返したかのだろうか、と。


彼らは、我々がそれをどう評価しようとも、持っているありったけの資産を、日々、皆さんの前に惜しみなく差し出しているのであり、それは、善意とかそういうこととは、全く異なる種のもの--日々、生き延びるための、サバイバル・ウェポン--なのだ。


彼らには、往々にして、長期的なビジョンがない。

というか、長期的なビジョンを立てるのに、十分な収入が、約束されていない。

それから寿命も、先進国のそれに比べて短い。

人が簡単に殺されたり、死んだりするのが、貧民国の現実である。

職場で誰かが病気になると、その為の募金が回ってくるのも、いざという時に、頼れるだけの蓄えが、彼らにはないからである。

そんなの、日頃貯めておけばいいじゃない、と言ったって無理である。

なぜなら、これこそが、「文化の差」であり、子だくさんで、子煩悩、親孝行な彼らが、家族に日々食べさせて、学校に行かせてたあとに、残るお金なんて、たかが知れているのは歴然の事実だからだ。


そういう訳で、彼らは、厳しい条件の元、本当に良く働く。

文句なんて言っている暇などない。仕事があるだけ、ラッキーなのだ。


だから、例え給料がどんなに薄給であっても、割が合わなくても、ご褒美のチップを頼りに、今日も、明日もひたすら頑張り続けるのである。


彼らの笑顔を見て、幸せそうですね、とコメントされる方もいる。


そう、彼らはある意味幸せだと思う。


身の丈以上の欲望を頭から持たない、という、シンプルさの部分では。

彼らは、私たちより、よっぽど現実的な世界に根ざして生きている。



だから、汚れたお皿を下げ、シーツを洗い、バスタブを掃除し、窓をピカピカにし、重い荷物を運び、床に落とされたコップを瞬く間に拾い、救急箱を持って走る。
言われれば、薬だって、花束だって買いに走る。


もちろん、皆さんはお客さんとしていらっしゃるのであるから、パンフレットのイメージ通り、”ロマンティックジャーニー”や、”カリブの宝石”の世界を多いに堪能して頂きたい。


けれど、その表面的な部分だけを見て、”チップって要らないんですよね?”と、真顔で質問されると、間に立つ私は、困ってしまう。


なぜなら、チップが要らないと書かれてあるのは、ホテルの経営者(富裕層)が、便宜上謳っていることであり、実際、植民地を長い間支配する立場であった白人国の人たちが、事情をわきまえていた上で、彼らにチップを渡し、有り難がられていることを知っているからだ。


我々日本人は、ほぼ単一民族の国で、人を支配することにも慣れてなければ、ごく自然に、チップを渡す、という行為には慣れていない。すべてが横並びで階級さえない。

だから、あげたくないということではなく、良くわからなくて、面倒くさいというのが、正直なところだろうと思う。


しかし、別に不自然でも、タイミングが悪くても、そんなこと、どうだって良いのだ。

それが、感謝の気持ちを表わす行為であり続ける限り。

暑い中、ご苦労さま、というねぎらいの心の現れである限り。




楽園での休暇は楽しい。

けれど、その楽園は、その後ろで汗水垂らして働き、私たちが楽しく過ごせるよう、いつも気を配って、見てくれている人がいるからだ。


そんな彼らも、私たちと同じ人間で、プールサイドで我々が憩う姿を見ながら、一生行く事もない日本に、淡い思いを馳せているのだ。

きっと、素敵なところなんだろうなぁ、と夢に描きつつ。



自分の持っているものの中から、ほんの少しだけ、何かを人に差し出す勇気を出すことが出来た時、私たちの旅、そして人生は、より深い味わいを伴って、甘くてほろ苦い、思い出となるのかもしれない。

そしてそれは、いつまでも、あなたの胸に輝き続けるだろう。

この、青く広がるカリブの海の瞬きように。

果てしなく、そして永遠に。




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2012年9月7日金曜日

200ペソの重み



                                                                                   200 pesos de Mexico



200ペソと言えば、日本円で1200円のことある。


日本でいえば、あまり大きな額ではない。


けれど、こちらの貨幣価値で言えば、もちろん安い額ではない。




昨日は、車の調子がおかしかったので、近くのバス停までタクシーで乗り付けた。運賃は、初乗り分の25ペソ(150円)。

別にバスで乗り継いで行ってもいいのだが、朝の一分一秒は貴重な訳で、お金を払って、時間を買うことにする。

さて、勢いよく乗り込んだまでは良かったが、財布を覗いて、はっとする。


”ね、200ペソでお釣りある?”

”ない。”



そう。日本のサービス業とはうって変わり、こちらで大きなお金を出して、おつりがあることはまずあり得ない。


仕方がないので、先日もらったチップの1ドル札を2枚渡して清算とする。


次に、ホテル方面のバスに乗り変える。

朝のバス停は混んでいて、なんとか乗れたのは良かったが、ここでも200ドル紙幣は嫌われ者だ。


”おつりがない。”


と運転手が一言。


最初は、聞こえなかったふりをして、素知らぬ風を装っていたが、意地悪顔の運転手は、”おい、どうするんだよ、お金。”とすごんでくる。

たかだか8ペソ50セント(50円)なんだから、いいじゃない、見逃してくれたって。


だいたい、サービス業に携わりながら、おつりを用意しないとは何事よ、と文句の一つでも言いたいところだが、こういう人種には、言うだけ無駄だと分かってるので、軽めに再確認する。


”ないの、おつり?”

”ない。”


運賃箱をちらりと見ると、50セントや1ペソ、2ペソはたくさん並んでいる。
しかし、これを全部くれたところで、200ペソのおつりに及ばないことは明らかだ。


仕方がないので、バッグをごぞごそとやってみる。


こっちのポケットに3ペソ。財布からこぼれた小銭が4ペソ。


と、隣から1ペソ差し出す手がある。
そして、次に左から1ペソが出て、やっとこれで、8ペソ50セントが揃う。


助けてくれた同士の皆さん、ありがとう!


そう。この国では、貧しい者が、実によく助け合って生きているのである。




例えばバスに乗る時、乗客は、ごく普通に運転手に挨拶をする。

”おはようございます。”

”こんにちは。”

”こんばんは。”


ベビーカーを持った人や、お年寄りが乗り込んでくると、前に座っている人がさっと立ち上がって、手を差し出すし、乗り合いバスの場合は、この挨拶が、乗っている人、全員に向けられる。


更には、これが長距離バスになると、長旅を楽しむために、運転手の隣に誰かが座って、世間話を始めたり、隣同士に座っている人が、食べ物を交換するのを皮切りに、話し始める、ということも頻繁になる。


・・・と話が反れた。


1ペソ、2ペソの世界に生きている、労働者階級の彼らではあるけれど、誰かが困っている時には、惜しみなく自分の持っているものを差し出す、というのが、ここ、南国風の風習だ。


うちの近所の角屋にいく。


携帯のクレジットがなくなったので、一気に500ペソ入れようとして出向いたのだ。

500ペソ(3000円)というのは、こちらではもちろん高額だけど、これを払えば、おまけで400ドル付いてくる、というのが、電話会社の仕組みである。


しかし、この規模の小さな商店で、500ペソのカードが置いてある事は、ほぼ、皆無に等しいということは、読者の皆さんもご想像通りである。


ないと即答され、それで、仕方なく200ペソの方にする。


・・と、お店のおじさんが書き込む帳簿を見てみれば、クレジット購入額の欄には、多くて50ペソ、だいたいは30ペソ、10ペソ、という2桁の数字がほとんどで、どれだけ彼らの懐が貧しいか、ここでも計り知ることができる。


ちなみにこの国では、電話会社は独占企業であるがために、電話代は、日本のそれと同様か、それよりも高い。


生活水準に合わないじゃないか、という方がいるかもしれないが、それが道理に合おうが合うまいが、ここではそれは、「そういうこと」としてまかり通っている。


貧富の差の激しい後進国で、いくら庶民が声を大にしても、変えられないことなど、5万とある。


不公平が当たり前。
持って生まれるのは、社会的階級であり、誰それが、何かを一発当てて、一夜にして百万長者になる、なんていうのは、先進国でしか叶えられない夢である。



そういう訳で、彼らは、自分の現実と向き合って、回りと助け合いながら生きている。


目の前に困難があろうとも、拗ねず、腐らず、実に忍耐強く、本当に偉いな、と思う。




微笑みの国タイ、という言葉を皆さんは、ご存知だろう。


東南アジアの貧しい国々を訪れると、そこにいる人々が、我々に、はっとするような美しい笑顔を向けてくれる。


それはここ、メキシコでも同じ。

通りで人に微笑みかけられて、曇っていた顔が、晴れることがたくさんある。

しかし、この国に住んでしばらくして、私はある時、気がついた。

それは、彼らの笑顔が、彼らに取って、れっきとした資産だということを。






(続く)


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2012年8月27日月曜日

立場違えば・・

                      Familia del pato



夕方、友達との待ち合わせまで時間があったので、普段は入ることのない、高級デパートで時間を潰すことにした。


あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロしていると、突然背後から、”マダム”と声がして、振り向くと、そこにはトレーを持ったメキシコ人が、満面に笑顔を浮かべながら、 ”マルガリータをいかがですか?”とかしずいている。


”えっ、いいの!?” 

と思わず反射的に声を上げる私。

”もちろんです。はい。どうぞ。”

わーぉ、気分はもう、すっかり有閑マダムである。



恐らく、週末のこの時間帯に買い物をする、お金持ちマダムをターゲットにしたサービスだと思われるが、それもそのはず、このデパート、高級ブランドばかりを取り揃えた、その筋の、数少ない御用達店なのである。


どう転んだって、金持ちには見えない私だが、最後の一杯だったところを見ると、余ったので、お情けでくれたものだと思われる。



しかし普段、人に施しをすることはあっても、見返りを受けることなど、殆ど皆無な日常にあって、これは、私のテンションをかなり高くした。


というのも、私の住むアパートは、貧民地区にある関係で、人に声を掛けられる時は、たいてい厄介事が飛んでくる時なのだ。


通りを歩いていて、呼び止められたかと思うと、やれ、この計算機を買ってくれだの(どうして、それが計算機なのかよくわからない)、どこそこにお金を寄付してくれだの、あなたは神を信じているかだの、ネットワークビジネスの商品を買ってくれないかだの、うるさいこと甚だしい。


うちは、回りが集合住宅の長屋であるのに対し、3階建ての奥まった作りにあるので、他に比べれば、外の雑音も少ないはずなのだが、それでも、時たまドアをけたたましく叩く音がして、何事かとドアを開けるやいなや、どこで聞きつけたのか、この猫をもらってくれだの、日本の小銭を分けてほしいだの、全く構っていたら切りがない。


そういう訳で、私は日頃、極力隙を見せないことをモットーに暮らしている。
アミーゴの国に住んでいるので、フレンドリーさは多少なりとも必要ではあるが、どんな時でも脇はしっかりと固めておく。

そして、「勧誘話など、決してこの人には、持ちかけられないオーラ」を、自分なりに出しているつもりなのである。


そういう暮らしぶりの中、今日の不意打ちは、かなりポイントが高かった。


たまに、ホテルに宿泊するお客さんのコメントに、”皆さん、本当に親切で、笑顔も素敵だし、メキシコが大好きになりました。”

というのがあって、それを読むたび、”そりゃ〜、お客さんで来るんだもの、いい思いをするに決まってるよ。”と、皮肉屋の私は思うのだが、たった一杯のマルガリータで、すっかり有頂天になって、チップの一つでもあげたくなるあたり、結局自分も、単純な部類の人間なのである。


立場違えばとはいうけれど、こうして良いことが一つあっただけで、その心象がコロリと変わってしまう人の感性なんて、案外いい加減なものなのかも知れない。





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2012年8月22日水曜日

ちょっといい話



                                  Vespa, Montreal




ないものねだりとは良く言うが、自分にはない才能の一つに、写真をうまく撮る、というのがある。


若い頃、美しい写真を見ることに心を奪われた時期があって、週末になると、六本木の洋書を置いている本屋さんをはしごしては、そこに置いてある写真集を、片っ端から見て回っていた。


専門的なことは何一つわからないけれど、きれいな写真を見ていると、心が穏やかになり、また、くよくよと悩んでいたことが吹っ飛んだ。その、澄んだ世界が好きでたまらず、何時間も、音のない世界に居座っては幸せを感じていたのである。


その後、縁あって、写真を撮ることを職業としている知人、友人がたくさん出来、私が写真を撮ってみたいのだというと、自分の持っているニコンのF4などという、プロ仕様の機材を惜しみなく貸してくれる人まで現れたが、私がその道に、真剣に取り組むことは、結局なかった。


自分には、そんなセンスや、構図力、精巧なメカニックを使いこなせる頭脳、そして、何よりも、納得できるものが撮れるまで、何度も繰り返し、撮り続ける忍耐心がないことを、認めざるを得なかったのである。


かくして、私はひたすら見る側としての、写真愛好家にとどまった。
そして、それで幸せであった。


私には、写真の表現に最も必要なスキル・・現実と対峙し、目を反らさない、
その中に、自分のメッセージを惜しみなく入れこむ勇気がない


つまり、言いたいことをわざと遠回しに、勿体ぶりながら、のらりくらりと過ごすことで、ずばりと確信に触れることができないのは、自分自身に対する、自信の欠如にすぎない。


しかしまぁ、それも良かろう。


そのお陰で、自分とは全くタイプの異なる、物事をシャープにかつストレートに対峙する勇気がある友人と、会って話をする中で、背筋を正すことがたくさんあるからだ。


先日、知人のカメラマンと長話をする機会があった。


写真の持つ表現力ってすごいよね、と話す私に、彼女はこう解説してくれた。


映画は2時間の、小説には1冊分の時間が与えられている。
その中で、ストーリーは展開され、ドラマがあり、笑い、涙があり、それはクライマックスに達して、人々に感動を残して行く。

けれど、写真は違う。写真はその一枚の、それを見る側の一瞬の間に、メッセージが届けられなくてはならない。


何かを表現しようとすると、作品は自ずと、余分なものが切り落とされ、研ぎ澄まされたものとなる。


しかも写真は、撮る人の人間性そのものであり、その写真を見れば、その人がどういう人物で、何を表現したいかが、瞬時に見えてくる。


ちなみに、彼女は、現在のパートナーと出会った時に、人としての彼よりも、その写真を見ることで、表面には現れてこない、彼の心の深い部分に触れ、つまり、写真を通じて、彼という人となりを知り、それがすべての始まりだったのだそうだ。


それを話してくれた彼女の横顔は、とても幸せそうで、それは美しいポートレートとなり、いまでも私のまぶたに、深く焼き付いている。



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2012年8月21日火曜日

マグマ大使



                                                                                 Los producto de Japon



FBで、同級生と話をするうちに、なぜかマグマ大使の話題となった。


友達とは本当にありがたいもので、普段は全く意識しないことでも、何かの拍子に、こういう昔の記憶がひょいと顔を出して、“あ、自分は実はこんなことが気になっているんだ。”と確認する良い機会となる。


ところで、このマグマ大使、番組の構成ももちろんのこと、その曲がなかなかに良いのである。

そこで気になって調べてみて、思わず膝を打ってしまった。
たかが子供番組の曲じゃないか、なんて嘗めてかかっちゃぁいけない。


正真正銘、日本を代表するポップス界の作曲家、山本直純氏の作品であった。


ちなみにこの山本直純氏、テレビ番組など、ポップスの世界の人だとばかり勘違いしていたが、調べてみてあっと驚き。


指揮者の登竜門として有名な、斎藤秀雄さんの門下生として、小沢征爾と席を同じくし、彼らはその後、新日本フィルハーモニー交響楽団を立ち上げている。その一方で、数々のポップス、例えば、戸締まり用心火の用心や、寅さんの男はつらいよ、8時だよ、全員集合、一年生になったら、私が毎回学校で使う教材、こぶたぬきつねこ、なども作曲しているから幅広い。


私がなぜ、こんなことをブログに書こうという気になったかというと、その仕事ぶりが、やはりこの世代の人は、違うと感じるからである。


どの作品を見ても、ぶれがない。
職人技で、すがすがしい。


たかがポップス、されど音楽。


今聞いてもその音が斬新なのは、彼らの軸となるベースが、しっかりとして、揺るがないから、何を作っても、すんなりと耳に入ってくるのだと思う。


なんでもかんでも簡単に出来てしまう、昨今の社会的風潮にあって、これは結構衝撃的な事実として胸を打ったので、自分への確認の意味を込め、ここに残しておきたいと思う。


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2012年8月20日月曜日

帰国

                                                         Apartment in L.A



実に久しぶりにこのブログを開いている。

もっとたくさんの人にブログを読んで貰おうと、若い友人のアドバイスに基づき、ブログをアップすることに、Facebookに載せることにしたのが始まりだった。


数年前に外国人の友人との連絡用に登録したこのFacebook、それまでは殆ど使わずにいたのだが、数年遅れのブームに乗って、いつの間にやら、日本人の登録者数が激増しており、Eメールと何かの連携があるのだろう、あ、この人知り合い、あの人も知り合い、とやっているうちに、あれよあれよと懐かしい顔ぶれが続出し、そしてオンタイムで会話さえ出来てしまうのである。

これには驚きを超して、ちょっとした興奮さえ感じてしまう。


地元の仲間やら、学生時代の同級生。当時はそんなに深く話しをしたことのない連中も、数十年の年月を経て再会してみると、懐かしさで感無量となり、というのも、特に私のような、年柄年中、あちこちを放浪し回っている身の上の者に取っては、同じ国、同じ地元、そして同じ年回りに生まれたことが、最早奇跡的であり、相手がどう思っているかは別として、親戚兄弟並みの親しさを感じて、駆け寄って、手でも取りたい衝動に駆られた
次第。


そんなこんなで、一同に介した友人達と、近況報告やら何やらやっているうちに、益々仲間は広がって行き、自分のブログ宣伝用に再開したはずのFacebookにすっかりハマってしまったという本末転倒ぶり。


しかし、何はともあれ、便利な時代となったものですよね。
まさか、まさーか、今頃になって、昔ながらの友人達(特に連絡先のコロコロ変わる私などのような者に取っては)と連絡が取れるようになるとは、夢にも思わず、いやはや、Facebook様ありがとう、という感じです。

そして、熱りも冷めて一段落した今、改めて初心に戻り、アナログなブログの世界の住人に戻りたいと思っていますので、今後とも、どうぞご支援よろしくお願い致します。


さて、今回の帰国に関して。


一昨年前の母に次ぎ、今年は母方の祖母が亡くなった関係で、初盆を、地元で過ごすことに相成った。

それ事態は良いのだが、問題は航空券。

昨今のサーチャージの高騰に加え、夏場はやはり運賃がぐんと上がるのである。
まともに帰ろうとウェブサイトで調べてみたところ、なんと40,000ペソ(24万円)以上の高額ぶり。

そんな大金どこを叩いても出てくるはずもなく、一日掛りでネットとにらめっこをして、思いついたのが、L.A回りの2段階方式。

つまり、ここからL.Aまで、格安航空券で行き、L.Aの友人宅で数日間休養させて貰った後、今度は、再びL.Aから日本まで、別の格安チケットで帰るという方法である。


乗り継ぎが多いので、はっきり言って、通常のフライトに比べて、倍額の体力消耗ぶりとなる。

しかし、こちとら貧乏旅行人、文句など言ってはいられない。

という訳で、えっちらおっちらと荷物を抱え、メキシコから日本に戻る際は、メキシコで少しずつ貯めた雑貨類を、日本からメキシコに帰る際は、向こう1年分の食料品を始めとする、生活物資を抱えて帰るという訳である。


ちなみに今回持って帰った荷物はこんなもの。


長くなるので、斜め読みして下さい。



                **


ゆかた (日本語学校用。生徒の、はじめてみるゆかたへの反応が楽しみです。)

料理酒

みりん

さしみ醤油

みそ

乾燥しいたけ

高級奈良漬け

ふりかけ (これさえあれば、大ごちそうとなる一品。)

すし太郎 (特別な日用の一品。超高級品)

サトウの切り餅 (正月用)

五目飯のもと (スペースの関係で5袋から、泣く泣く減品。特別な日用の超高級品。)

さんまの蒲焼き (辛いことがあった時、自分にご褒美をあげたい時に食す、超高級品。)

キューピーマヨネーズ (嗜好品。日本のマヨネーズの味は海外生産品の比ではない。)

お好み焼きソース (嗜好品。お好み焼きは、海外では大受けのメニューである。)

ごまドレッシング (嗜好品。無くても死なないが、無いと、夢に出てくる。)

味付けおいなりさん・6枚入り (今から、いつこれを使おうと、興奮中。)

マーボ豆腐のもと (豆腐は、こちらでも購入可。ただし現地マクドナルドの日給分。)

マーボ茄子のもと(一袋しかないところが、アドレナリンを刺激する。)

カレールー (外側の箱は重量を取る為除去。これがあるという事実だけで、半年は強く生きられる。)

稲庭高級うどん(同級生より頂いた超高級うどん。お裾分けにも、大好評!)

たこ焼き粉(今回は理由があり、奮発して買ってみました。)

鰹昆布(頂き物。友人に頼まれたのだが、あげるのが惜しくなってきて考え中。)

穴子昆布巻き(あまりの美味しそうさ加減に、手に取っただけで、体が震えます。)

柚子コショウ(海外で堪能するこの味は、格別です!頂き物)

おろししょうが(こちらにもありそうでないのが、この一品。)

かぼすコショウ(頂き物。この時点で小躍り開始。)

七味とうがらし(こっちで販売されている、韓国ラーメンに入れると気分は最高!)

ハーブ味塩こしょう

豆板醤(この時点で、かなり気分が大きくなっている。超嗜好品)

高級ゆば(頂き物。どうやって料理したら良いのかご意見求め中!)

高級お麩(お正月のおすまし用。あ!ワカメ買ってくるの忘れた!!)

たこ焼き機(友人よりゲット。これで、アニメイベントへの出店決定!)

かっぱえびせん(日本を代表するお菓子といえば、これでしょう!)

揚げ丸(10袋くらいぺろっと行けそうな好物の一品。)

雪の宿(定番品。)

かりんとう(涎満載)

黒棒(今すぐ開封して食べ尽したい衝動抑え中。)

芋けんぴ

エンゼルパイ・特大(超嗜好品。大大大好物の一品。)

ハイチュウ(生徒へのお土産。)

うまかん棒(お土産用。前回、職場が騒然となった幻の一品。リクエスト多数!)

カルピス(相方愛好品)

パブロン・特大(中身のみジップロックにて搬入。瓶は重量が増すので捨去。)

イソジンうがい薬(南国のばい菌は強烈です。)

歯ブラシ(日本製は、規格が小さいので、細かいところまでブラッシングが可能!

耳栓

お弁当のおかずケース・シリコン製(友人宅で見かけた驚愕の一品。すかさず真似。)

ヘアワックス(容器が可愛くて、ついつい購入。日本製デザインには脱帽。)

ペットボトル保温バック

洗濯ネット(こんなもの、メキシコには皆無。)

竹炭(玄関に、冷蔵庫に、はたまた空気清浄に。)

保冷バック(お弁当の保温に最適!)

キティちゃんグッズ(メキシコでも大人気。)

車のフロントガラス用目隠し(前回購入分は、灼熱の太陽により、数ヶ月で摩耗。)

車のバックガラス用目隠し

車内カップホルダー

アウトドア用キーホルダー(プレゼント用。物がないので、帰国時に買い貯め。)

靴(日常用、職場用、パーティ仕様)

パンツ(お尻の大きなラテン国で、自分用サイズを探すのは、120%不可能です。)

ひらがなかるた(日本語学校用教材)

線香

マチ付きビニール袋(こんなもの、メキシコにはない。)

三菱・ユニボールペン(滑りが違う!メキシコにはない一品。)

化粧品諸々(汗で流れ落ちない強力タイプを購入。)

ユンケル(いざという時の1本。)

眼鏡用ドライバー(これを入手するのに待つこと1年。)

2013年用・祇園カレンダー(地元同級生より贈呈の貴重な一品。学校の教材に最適)

弁当箱(空港に行く道中購入した弁当の入った箱。立派すぎて、捨てれず持ち帰り。)

靴箱(立派な紙素材のため、捨てれず持ち帰り・後進国の紙製品は、性質が著しく悪い)




全総量60キロ。これでも選びに選んでます。
海外にご親戚、お知り合いをお持ちの方!
だいたいこんな感じのものが、海外では喜ばれます。
もし機会があれば、届けてあげて見て下さい。

喜ばれること請け合いですよ!


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