200 pesos de Mexico |
200ペソと言えば、日本円で1200円のことある。
日本でいえば、あまり大きな額ではない。
けれど、こちらの貨幣価値で言えば、もちろん安い額ではない。
昨日は、車の調子がおかしかったので、近くのバス停までタクシーで乗り付けた。運賃は、初乗り分の25ペソ(150円)。
別にバスで乗り継いで行ってもいいのだが、朝の一分一秒は貴重な訳で、お金を払って、時間を買うことにする。
さて、勢いよく乗り込んだまでは良かったが、財布を覗いて、はっとする。
”ね、200ペソでお釣りある?”
”ない。”
そう。日本のサービス業とはうって変わり、こちらで大きなお金を出して、おつりがあることはまずあり得ない。
仕方がないので、先日もらったチップの1ドル札を2枚渡して清算とする。
次に、ホテル方面のバスに乗り変える。
朝のバス停は混んでいて、なんとか乗れたのは良かったが、ここでも200ドル紙幣は嫌われ者だ。
”おつりがない。”
と運転手が一言。
最初は、聞こえなかったふりをして、素知らぬ風を装っていたが、意地悪顔の運転手は、”おい、どうするんだよ、お金。”とすごんでくる。
たかだか8ペソ50セント(50円)なんだから、いいじゃない、見逃してくれたって。
だいたい、サービス業に携わりながら、おつりを用意しないとは何事よ、と文句の一つでも言いたいところだが、こういう人種には、言うだけ無駄だと分かってるので、軽めに再確認する。
”ないの、おつり?”
”ない。”
運賃箱をちらりと見ると、50セントや1ペソ、2ペソはたくさん並んでいる。
しかし、これを全部くれたところで、200ペソのおつりに及ばないことは明らかだ。
仕方がないので、バッグをごぞごそとやってみる。
こっちのポケットに3ペソ。財布からこぼれた小銭が4ペソ。
と、隣から1ペソ差し出す手がある。
そして、次に左から1ペソが出て、やっとこれで、8ペソ50セントが揃う。
助けてくれた同士の皆さん、ありがとう!
そう。この国では、貧しい者が、実によく助け合って生きているのである。
例えばバスに乗る時、乗客は、ごく普通に運転手に挨拶をする。
”おはようございます。”
”こんにちは。”
”こんばんは。”
ベビーカーを持った人や、お年寄りが乗り込んでくると、前に座っている人がさっと立ち上がって、手を差し出すし、乗り合いバスの場合は、この挨拶が、乗っている人、全員に向けられる。
更には、これが長距離バスになると、長旅を楽しむために、運転手の隣に誰かが座って、世間話を始めたり、隣同士に座っている人が、食べ物を交換するのを皮切りに、話し始める、ということも頻繁になる。
・・・と話が反れた。
1ペソ、2ペソの世界に生きている、労働者階級の彼らではあるけれど、誰かが困っている時には、惜しみなく自分の持っているものを差し出す、というのが、ここ、南国風の風習だ。
うちの近所の角屋にいく。
携帯のクレジットがなくなったので、一気に500ペソ入れようとして出向いたのだ。
500ペソ(3000円)というのは、こちらではもちろん高額だけど、これを払えば、おまけで400ドル付いてくる、というのが、電話会社の仕組みである。
しかし、この規模の小さな商店で、500ペソのカードが置いてある事は、ほぼ、皆無に等しいということは、読者の皆さんもご想像通りである。
ないと即答され、それで、仕方なく200ペソの方にする。
・・と、お店のおじさんが書き込む帳簿を見てみれば、クレジット購入額の欄には、多くて50ペソ、だいたいは30ペソ、10ペソ、という2桁の数字がほとんどで、どれだけ彼らの懐が貧しいか、ここでも計り知ることができる。
ちなみにこの国では、電話会社は独占企業であるがために、電話代は、日本のそれと同様か、それよりも高い。
生活水準に合わないじゃないか、という方がいるかもしれないが、それが道理に合おうが合うまいが、ここではそれは、「そういうこと」としてまかり通っている。
貧富の差の激しい後進国で、いくら庶民が声を大にしても、変えられないことなど、5万とある。
不公平が当たり前。
持って生まれるのは、社会的階級であり、誰それが、何かを一発当てて、一夜にして百万長者になる、なんていうのは、先進国でしか叶えられない夢である。
そういう訳で、彼らは、自分の現実と向き合って、回りと助け合いながら生きている。
目の前に困難があろうとも、拗ねず、腐らず、実に忍耐強く、本当に偉いな、と思う。
微笑みの国タイ、という言葉を皆さんは、ご存知だろう。
東南アジアの貧しい国々を訪れると、そこにいる人々が、我々に、はっとするような美しい笑顔を向けてくれる。
それはここ、メキシコでも同じ。
通りで人に微笑みかけられて、曇っていた顔が、晴れることがたくさんある。
しかし、この国に住んでしばらくして、私はある時、気がついた。
それは、彼らの笑顔が、彼らに取って、れっきとした資産だということを。
(続く)
.
初めましてyujitoと申します。
返信削除お気持ちわかります。
バスに乗るとお釣りがないというのが度々あります。
そんなときは無料で乗ることになります。
お釣りはちゃんと用意しておけと思います。
こんにちは。コメントありがとうございます。
返信削除そうですね、こちらも、おつりがない時は、無料で乗る事もありますね。
最も運転手によりますが・・
おつりがないのは、国民性でしょうね。この辺は、日本と全く異なりますよね。
私もタイ、フランスと在住したことは有りますがその様な
返信削除事の似たような事は有りました。
日本も稀に有ると思いますが経済が良くなると、、、、。
仏教のタンブン、タイ語の富めるものは、、、、で日本も
昔はあったのですがね。
仏教用語で、タンプンというのですか?托鉢のことですよね。勉強になります。
返信削除日本は、内と外の区分けがはっきりとしているので、他人にお金をあげる、という行為は、あまりないように思います。