2012年5月18日金曜日

海の物語 Vol.2



                                                               L.A, California





行った先は、とある日本人女性プロサーファーのサーフィン合宿所。


彼女が遠征中のオーストラリアにて、一緒に合宿生活をしながら、スクールを受けるというものだった。


そもそも、体育会系とはそれまで全く無縁だった自分が、どうしてこういう合宿に参加しようと思ったのか?


それは、先にも後にも、サーフィンがうまくなりたかったこと、久しぶりに日本人だけに囲まれて生活してみたかったこと、それに偶然が重なったこと。


この偶然に関しては、また後で書きたいと思う。



何しろ、飛行機を乗り継いで辿り着いた先は、クーランガッタビーチを見下ろせる、高層コンドミニアムの一室だった。



他の合宿生は、日本から翌日到着予定だったが、私は他国からの飛び入り参加ということで、他の合宿生よりも一足早く、現地入りしたのだ。



合宿生のお世話をしてくれるアシスタントのお二人に、まずはご挨拶をし、その後、師匠となる先生にご挨拶しようと、バルコニーに出るなり、声を上げてしまった。





幾重にも重なるセットの波が、岸に向かって割れているではないか。



これまでに、サーフィン雑誌で、そんな光景を見たことはあった。


いつか、こんな波に乗れたらいいなと切り抜いて、部屋の壁に飾ってもいたし、サーフィンのメッカと言われるバリのウルワツで、同じような光景を眺めたこともあった。



しかし、目の前の波は、それまでに見たどの光景とも異なっていた。



まず水の色。


それは青というよりも、緑の掛かった青で、それが乾いたオーストラリアの、突き抜けるように青く高い空に良く映えた。


それからビーチ。


さすがに大国オーストラリアだけあって、なだらかなカーブを描きながら、それはどこまでも横向きに広がっており、ところどころに、鎮守の森のような緑が見えるのが、どこか日本的だった。



最初に町中を通った時、どこかワイキキ的な雰囲気に、一瞬引いたのだが、この光景を見れば、どうしてここが、サーファーズパラダイスと名付けられたのかがよくわかる。


この光景の素晴らしさをパラダイスと言わずして、なんと呼べよう!



挨拶をするのも忘れて歓声を上げていると、早速夕方入りにいくから、準備するようにとお師匠さん。


さすがはプロだけあって、その容姿は精悍で、口数も少ない。
正真正銘の体育会系の方である。



一方、久しぶりに素敵な日本人女性に出会えて、テンションの上がった私は、せっかく体育会系の雰囲気を保とうと頑張っているにも拘らず、アシスタントの2人に向かい、一方的に喋りまくった。そして、ウキウキと準備もそこそこに、早速仲良くなったアシスタントのえりかちゃんと二人して、転がるようにビーチに踊り出た。


が、今度は私が無言になる番だった。



高層階からは、綺麗に見えたセットの波が、地上に降りて、目の当たりにしてみれば、ビルの2階は軽く超えるであろう大波なのである。

それも今までに見た事もないような、海底に叩き付けるようなパワー、そしてその波を廻り、壮絶な波取り争いが繰り広げられている。


一足先に入った師匠とアシスタントのよっちゃんは、その、地元のサーファーを間をすり抜けるようにスイスイと波に乗っている。


完全にフリーズした私を横目に、えりかちゃんさえ、”じゃ、Kyokoちゃん、あとであの丘の上でね!”と言い残し、凄い勢いのパドルで、アウトに向かって消えていった。



そう、真面目なよっちゃんに比べれば、おしゃべりで軟派なえりかちゃんも、一旦海に入れば、海の女。それもそのはず、彼女も、一時はオリンピックを目指した水泳の選手だったのである。



取り残された私は、呆然とそのその光景を眺め、しばらくして我を取り戻した後、すごすごと浅瀬の方に向かい、一番端っこの、いかにも初心者らしき連中が集まる一角に、陣取ってはみたものの、もちろんその日は、一本の波も取ることができなかった。





(続く)






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