.
その電話は、我々のいたスタジオに、突然掛かってきた。
“今、カンクンに到着したんだけど、明日からの撮影の為に、機材を借りたい。”
掛けて来たのはロシア人通訳と名乗る女性。
しかし、どこの会社の、何の撮影かを名乗らない。
果たしてここカンクンには、年間を通じ、色んな撮影隊がやってくる。
それはある時には、アメリカのテレビ局、またある時には、カナダ人のカタログ用撮影、ある時にはフランス系のブランド会社、またある時にはイギリスのテレビ教育番組と実に様々だ。
けれど、ロシア人というのは今回が初めてで、しかも、明日からの撮影だというのに、やれカメラは、やれクレーンは、ライトはと、撮影に必要な機材は殆ど持って来てない様子。
通訳と言葉が今ひとつ通じないのか、相棒の声はそのうち、だんだんと大きくなり、 “いや、その機材はメキシコシティから取り寄せないと、ここにはない。”という応答から、しまいには、こう叫ぶ。
“何しろ、名前を名乗ってくれないことには、機材は貸せないよ!明日11時にスタジオに来てくれ!!”
そして電話を切り、顔を見合わせる私たち。
一瞬間を置いて、私はおもむろにこういってみた。
“ねぇそれ・・どっかのギャング絡みじゃないの?名前も名乗らないなんておかしくない??”
相棒は相棒で、“カメラがないってこっちに怒鳴られても、困るんだけどさ。”と、まるで独り言のようにぶつくさ呟いている。
しかし、世の中には不思議な団体もあったものだ。
“もし、うちが貸さないっていったら、彼らどうするつもりなんだろう?機材の手配もなしに、人間だけ来るなんて、聞いたことないよね?”と、駄目出しをする私に、すでに頭痛のするらしい彼は、“それは彼らの問題だから、任せておけばいいよ。”と素っ気ない返事。
そう。ここではこういうことが良くあるのだ。
「一体、この人、どうするんだろう?」っていうことが。
けれど、ここでは人のことを、いちいち心配していてははじまらないのだ。
果たして、お互い、すっきりしない気持ちを抱えたまま、相棒は、早速、アシスタントに翌日用心棒役を「念のため」頼み、私は私で、取りあえず、言葉使いだけには気をつけるように言って、スタジオをあとにした。
さて、その翌日。
授業がある関係で、午前中、学校に行ったあと、その足で、スタジオに車を飛ばした。
さぁて、一体どんなことになっているやら。
駆けつけてみると、いるわいるわ。
例の独特の雰囲気を醸し出した人々が!
通訳の女性を入れて、総勢6名。
皆、典型的なロシア人の風情。
さりげなく、話しを又聞きする限りでは、彼らはモスクワの映像会社の人々で、昨今増えているお金持ちロシア人用のプロモーションビデオを撮影する為、来墨したらしい。
しかし、この強面に、Tシャツと短パン、ビーチサンダルといういでたち。
お世辞にも似合わない組み合わせである。
そしてその中に混じり、身振り手振りで話すは、我が相棒。
昨日までは、あんなに強硬姿勢だったのに、やっぱり、根は単純なのが、アメリカ人らしいところだ。
言葉は違えども、同じ業界で働く彼らと実際に顔を合わせて、すっかり気をよくしたようで、こちらが心配して様子を見に来た事など、全く気付きもせずに、始終笑顔で、スタジオ中をご一行様と共に練り歩いては、あれこれ説明している。
そしてその横には、彼の用心棒、メキシコ人のビクターと、おぉっと、普段は機材メインテナンス会社を営む、キューバ人のオスカーまでもが、いるではないか!
そう、キューバとロシアは、同盟共産圏ということもあり、彼は、ロシアの大学に留学していた経歴を持つので、ロシア語がペラペラなのだ。
都合、ロシア人ご一行に、アメリカ人1名、メキシコ人、キューバ人と日本人の私がチャンポンされ、スタジオ内はすでに熱気も高いが、まとまりというものは全く見受けられない。
それぞれに、スタジオ内を勝手に歩き回るもの、相棒のコンピューターに向かって何かを検索し続けるもの、冷水機の水を出して、勝手にグビグビ飲むもの、ソファーにドンと腰掛けて、動こうとしないもの、通訳の役目を忘れて話しに花を咲かせるもの、質問しまくるもの、答えまくるもの、言葉を失って呆然と見守るもの、とその行動体系もバラバラだ。
その上、軍団の6人中4人は、英語もスペイン語も全く出来ないときた。
が、世の中良く出来たもので、機材の呼び名だけは、どうやら各国共通らしい。
さかんに、“リフレクター”だの、“バラスト”だのという専門用語を連発し、自信たっぷりに、こちらにアピールしてみせるものだから、相棒はますます上機嫌になる一方である。
さて、そうこうするうちに、レンタルする機材はあらかた決まったようで、今度は、値段の交渉が始まる。
と、どこからともなく、“ノーノー!ローバジェット。ローバジェット!”の言葉が飛び交って、失笑してしまう。
どこにいっても、こういう単語だけは、なぜか皆知ってるんだよなぁ。
そして、交渉がまとまると、お金は明朝払うという約束し、一行は風のように去っていった。
明日は朝5時から撮影らしい。
スケジュールは・・市内のとある有名ホテルらしいが、果たして、何日間の撮影になのか、どういう組み立てなのか、詳細は未だ決まらぬまま。
さて、我々のレンタル機材は元通りの姿で無事戻って来るのか?
ロシア人アシスタントとして雇われた、ビクター、オスカーらの行く末は・・?
先週に続き、息の抜けない週末になりそうな予感である。
(続く)
その電話は、我々のいたスタジオに、突然掛かってきた。
“今、カンクンに到着したんだけど、明日からの撮影の為に、機材を借りたい。”
掛けて来たのはロシア人通訳と名乗る女性。
しかし、どこの会社の、何の撮影かを名乗らない。
果たしてここカンクンには、年間を通じ、色んな撮影隊がやってくる。
それはある時には、アメリカのテレビ局、またある時には、カナダ人のカタログ用撮影、ある時にはフランス系のブランド会社、またある時にはイギリスのテレビ教育番組と実に様々だ。
けれど、ロシア人というのは今回が初めてで、しかも、明日からの撮影だというのに、やれカメラは、やれクレーンは、ライトはと、撮影に必要な機材は殆ど持って来てない様子。
通訳と言葉が今ひとつ通じないのか、相棒の声はそのうち、だんだんと大きくなり、 “いや、その機材はメキシコシティから取り寄せないと、ここにはない。”という応答から、しまいには、こう叫ぶ。
“何しろ、名前を名乗ってくれないことには、機材は貸せないよ!明日11時にスタジオに来てくれ!!”
そして電話を切り、顔を見合わせる私たち。
一瞬間を置いて、私はおもむろにこういってみた。
“ねぇそれ・・どっかのギャング絡みじゃないの?名前も名乗らないなんておかしくない??”
相棒は相棒で、“カメラがないってこっちに怒鳴られても、困るんだけどさ。”と、まるで独り言のようにぶつくさ呟いている。
しかし、世の中には不思議な団体もあったものだ。
“もし、うちが貸さないっていったら、彼らどうするつもりなんだろう?機材の手配もなしに、人間だけ来るなんて、聞いたことないよね?”と、駄目出しをする私に、すでに頭痛のするらしい彼は、“それは彼らの問題だから、任せておけばいいよ。”と素っ気ない返事。
そう。ここではこういうことが良くあるのだ。
「一体、この人、どうするんだろう?」っていうことが。
けれど、ここでは人のことを、いちいち心配していてははじまらないのだ。
果たして、お互い、すっきりしない気持ちを抱えたまま、相棒は、早速、アシスタントに翌日用心棒役を「念のため」頼み、私は私で、取りあえず、言葉使いだけには気をつけるように言って、スタジオをあとにした。
さて、その翌日。
授業がある関係で、午前中、学校に行ったあと、その足で、スタジオに車を飛ばした。
さぁて、一体どんなことになっているやら。
駆けつけてみると、いるわいるわ。
例の独特の雰囲気を醸し出した人々が!
通訳の女性を入れて、総勢6名。
皆、典型的なロシア人の風情。
さりげなく、話しを又聞きする限りでは、彼らはモスクワの映像会社の人々で、昨今増えているお金持ちロシア人用のプロモーションビデオを撮影する為、来墨したらしい。
しかし、この強面に、Tシャツと短パン、ビーチサンダルといういでたち。
お世辞にも似合わない組み合わせである。
そしてその中に混じり、身振り手振りで話すは、我が相棒。
昨日までは、あんなに強硬姿勢だったのに、やっぱり、根は単純なのが、アメリカ人らしいところだ。
言葉は違えども、同じ業界で働く彼らと実際に顔を合わせて、すっかり気をよくしたようで、こちらが心配して様子を見に来た事など、全く気付きもせずに、始終笑顔で、スタジオ中をご一行様と共に練り歩いては、あれこれ説明している。
そしてその横には、彼の用心棒、メキシコ人のビクターと、おぉっと、普段は機材メインテナンス会社を営む、キューバ人のオスカーまでもが、いるではないか!
そう、キューバとロシアは、同盟共産圏ということもあり、彼は、ロシアの大学に留学していた経歴を持つので、ロシア語がペラペラなのだ。
都合、ロシア人ご一行に、アメリカ人1名、メキシコ人、キューバ人と日本人の私がチャンポンされ、スタジオ内はすでに熱気も高いが、まとまりというものは全く見受けられない。
それぞれに、スタジオ内を勝手に歩き回るもの、相棒のコンピューターに向かって何かを検索し続けるもの、冷水機の水を出して、勝手にグビグビ飲むもの、ソファーにドンと腰掛けて、動こうとしないもの、通訳の役目を忘れて話しに花を咲かせるもの、質問しまくるもの、答えまくるもの、言葉を失って呆然と見守るもの、とその行動体系もバラバラだ。
その上、軍団の6人中4人は、英語もスペイン語も全く出来ないときた。
が、世の中良く出来たもので、機材の呼び名だけは、どうやら各国共通らしい。
さかんに、“リフレクター”だの、“バラスト”だのという専門用語を連発し、自信たっぷりに、こちらにアピールしてみせるものだから、相棒はますます上機嫌になる一方である。
さて、そうこうするうちに、レンタルする機材はあらかた決まったようで、今度は、値段の交渉が始まる。
と、どこからともなく、“ノーノー!ローバジェット。ローバジェット!”の言葉が飛び交って、失笑してしまう。
どこにいっても、こういう単語だけは、なぜか皆知ってるんだよなぁ。
そして、交渉がまとまると、お金は明朝払うという約束し、一行は風のように去っていった。
明日は朝5時から撮影らしい。
スケジュールは・・市内のとある有名ホテルらしいが、果たして、何日間の撮影になのか、どういう組み立てなのか、詳細は未だ決まらぬまま。
さて、我々のレンタル機材は元通りの姿で無事戻って来るのか?
ロシア人アシスタントとして雇われた、ビクター、オスカーらの行く末は・・?
先週に続き、息の抜けない週末になりそうな予感である。
(続く)
.
0 件のコメント:
コメントを投稿