2011年8月16日火曜日

出掛けてきます

                                                                     Flamingo, Rio Lagartos


突然ですが、今日から3週間ほどアメリカに行ってきます。
連載も途中だし、他にアップデートしたいこともたくさんありますが、なんだかここのところバタバタしっぱなしで、ゆっくり書く暇もなく・・

帰ったら色んなこと書きたいと思ってますので、気長に待ってて下さいね。

取り急ぎ、先日、リサーチでいったリオレガルトスのフラミンゴの写真をアップします。

皆様、夏バテには気をつけて。
またお会いしましょう!




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2011年8月7日日曜日

ロシア人、やってくる Vol.4



ところで人のことはさておき、自分は一体何者なのか?
これは、長い間の疑問であった。

人のことを観察するのは簡単だが、果たして自分が何を考え、実際はどういう人間なのか、客観的に分析するのは案外難しい。

正直、自分がどんな仕事に向いているかさえ、私には長いことわからなかった。
それ故、手を替え品を替えては、あれこれ試してみるしかなかったし、実際にそうやった。

一番向かなかったと思うのは、生産性のない仕事だった。

自分のやっていることが、何かしら誰かの役に立っているとか、状況を良くすることに繋がっているということが感じられる仕事には、時間をいくら費やしても気にならなかったが、ただ、仕事をやっているふりをするとか、時間をそこで費やしているだけ、みたいなことにはただの1分でも我慢がならなかったし、”何も考えずに言われたことをやる”というのも、自分には無理だった。

だから、合わない仕事をしている時は、決まって体調を崩したり、自律神経系を病んでいて、毎日がそんなに楽しくもなかった。

まぁ、そういう状況の中でも、一見見ただけではわからない、面白い人が結構回りにいたのも事実だけど。

彼らは個を消す術をわきまえていて、それを全面に押し出さなくてはいけないエゴもない、ある意味、大人なのだと今にして思う。彼らは私のように、しょっちゅう病気で休んだりもしていなかった。

日本のサラリーマンのことを揶揄する人もいるけれど、私は、基本的に、彼らは現代版サムライだと思っている。

和を大事にし、一歩下がって人の意見に耳を傾けることを知っていて、落ち着いて、静かに微笑みながら、必要な時にさりげなくアドバイスをくれるのは、この時代に親しくなった人たちだ。

逆に、今関わっている海外での撮影の仕事を含めた、クリエイティブ系と言われる人々は、油断も隙もない。

日常の場では、わがままだったり、ナルシストだったり、情熱の固まりに、こちらが焦げ付きそうな人もいたりと、刺激の強過ぎることも多々あった。

けれど、一旦現場(舞台)に入れば、その誰しもが何かしら、キラリと光るものを持っていて、それまでの苦労も一瞬にして消え去ることが多かったのも、事実である。

御光が差し、神と一体化しているんじゃないかという人にも出会ったし、強烈な一言に、人生観ががらりと変わる体験をしたのも、この類いの人だった。

また、収入のことを考えなければ、サービス業も基本的には好きだし、日本語を教えるのも楽しい。はたまた、一時は職人系になろうと思い立ち、部屋に閉じこもって、夜昼構わず、しこしこともの作りに勤しんだこともあったけど、何日かすると、憑き物でも落ちたかのように、外の世界に再び飛び出して、ほっとするのであった。

果たして、どんな世界にも感心する部分と、頂けない部分があり、甲乙はつけがたかった。

それで、いつまでも色んな世界を渡り歩き、結局出た答えはというと、色んなことを、掛け持ちで少しずつやりつつ、自分の中の均衡を取るという手法だった。

要は、勝手に作り上げた自分像を捨て、自分と正直に向き合い、限界は潔く認めるということ。

だから今は、撮影の仕事が入れば、体力、時間とも許す限り、出来ることをする。他のクルーみたいに、日の出から夜中まで働くようなことは絶対しない。
体力の限界を超えたところまで自分を追いつめれば、ただ不機嫌かつ疲れきった自分を持て余すだけだ。
そのかわり、見落としがちな経理作業や、食事管理、安全管理に目を光らす。

日本語教師も同じことだ。

たまに、文法や教授法について、信じられないくらいの情報を持っている、真の語学のエキスパートの話を聞くけれど、じゃあ自分も頑張ってそのレベルまで到達しようかというと、そんな気はさらさらない。

だいたい、自分は先生なんて呼ばれる柄ではないし、文法や助詞の研究に時間を掛けるなら、その時間を使って、ゲームをしながら生徒達に形容詞や動詞をより多く覚えてもらい、自分を表現することを楽しんで欲しい。

そして、チャンスを見つけて日本にも是非行ってほしいから、何かしら引っかかりそうなことはお知らせする。
例え、それが1000人に1人にしか受からない、奨学金留学生の話でも、どうなるかなんて、わからないではないか?!
なんでも、気になることは、チャレンジしてみればいいのである。

後先なんて考えていたら、人生、何も出来ないまま終わってしまう。
どんどん試して、どんどん失敗して、躓きながらも前に進んでいければ、それでいいではないか。

以上、いびつだけれど、これが私の寄り道人生で得た、非常にシンプルかつ、大切な自分との「お約束」である。

持続力にも専門性にも欠けるけど、それでも、何かしら人の役に立つ部分があって、毎日健康で楽しく食べているんだもの。まずは良しとしようじゃない!

(続く)


2011年8月3日水曜日

ロシア人、やってくる Vol.3




さて翌朝、指定の時間ぴったりに到着すると、果たしてご一行様は、すでに朝食を済ませ、さっそく準備に取りかかろうとしているところであった。

予想に反し、時間に正確なグループらしい。

が、肝心の相棒の姿が見当たらない。
昨日は作業があるためスタジオに泊まり、今朝は、そこから直行するはずだったのに、途中で忘れ物でもして、一度帰ったに違いない。

仕方がないので、自ら出向いて行って、彼らと挨拶を交わし、相棒が少し遅れることを告げ(たつもり)、そうこうするうちに、彼らはてきぱきと準備を始め、そこに滑り込んだ相棒共々、現場は瞬く間に、カオス状態となった。




”◯△☆×□凸凹♂♀?”

”あぁ〜、あるある!これのこと?”

”◯☆!”

”△$¥□?”

”え?いくつ?2つ?”

”Niet!×♩⁑◉♨!!”

”あ、オッケー、今、持って行く。”


通じないながらにも、なぜかスムーズに進行する現場。

最初の5分で、取り急ぎ、イエスがDa、ノーがNietであることは学習した。

これで、基本的なやり取りは万全だ。


・・と、違った!感心している場合ではない。

支払いだよ、支払い!!


仕方なく、機材を持って、右に左に入り走るメンバーを、一人ずつ捕まえては聞いて回り、やっとプロデューサーらしき人物を特定し、すっかり職人モードに突入した相棒を引っ張って、ロビーにてご清算タイム。



さぁ、そこでプロデューサーが、袋の中から取り出したのは・・・


なんと、すべて新札のドル束だ〜っ!!!


一瞬にして怯む私。しかし、普段はあれ程人騒がせな相棒が、こういう時には、全く表情を換えないのが、不思議である。

さっと、新札を手にしたかと思うと、”ちょっと実験ね〜!”などといいながら、手際良く、何枚かを抜き取って検証する。


”いや〜、ここではね、普通の町では起こらないことが、色々と起きるんだよ。君たちも、気をつけてね〜。”と微笑む相棒。


ところが、相手もなかなかの強者だ。

”おぉ、このお金は、銀行で受け取ったものだ。心配するな、我が友よ。我らは、罪なき学生なんだ。”と笑ってさえいるではないか。

そのユーモアのセンスがツボにはまったらしく、相棒は両手を挙げて降参し、彼らにペンを渡す。

”おぉ、そうか!じゃ、これは君へプレゼントしたほうがいいな。念のために持っといてくれ。わっはっは!”

”わっはっは〜!”


こうして座は一挙に和み、現場に戻って、いよいよ仕事に打ち込む彼ら。

その姿は、実に生き生きと楽しそうである。


一見こわもてそうに見えた彼らも、一旦打ち解けてみれば、実は、なかなか素朴で茶目っ気のある、典型的な撮影畑の人間であることも判明した。

要は、どこの何人でも同じ。この業界に関わる人間は、子供がそのまま大きくなったような、やんちゃな輩ばかりなのである。

ちなみにこれは、ある日ある時、気付いたのだが、想像に関わる仕事に就く人−−それが、画家であれ、脚本家であれ、映像作家であれ、デザイナーや音楽家であれ−−は、普通の大人が遠い昔にどこかに置いてきてしまった、とてもピュアな一面を、今でも大切に持っている。

それは往々にして、子供っぽさともダブる。

どこまでも飽くなき想像の世界。

そこには、”ま、いいか。”とか”こんなものかな”という諦めもなければ、冷ややかさもない。偏に、情熱と探究心と夢と希望に満ちあふれた世界なのである。

その住人である彼らは、こちらがドキッとしてしまうような、危なかしい部分も持っている。

けれど、そんな人達だからこそ叶えられる世界であり、いつの時代にも芸術があるのは、彼らあってのことなのだ。

彼らは、時に、社会性に欠けることもある。

私の相棒のように、何度言っても、物を失い、言った事を忘れ、あきらかにどこかが大きく欠落した人もいる。

けれどその彼らが、一旦自分の世界に入れば、食事を取る事も、寝る事も忘れ、ひたすら目の前のことに集中する。



果たして、私は彼らのようにはとてもなれない。

私はいつでも傍観者だ。


時間が来ればお腹がすくし、ここの仕切りはどうなってるんだ、と裏方の仕事が気になってしまう。

撮影をしていても、他のクルーがモニターを見て目を輝かせている時でさえ、私は、そこに張り巡らせたケーブルに、一般のお客さんが、足を引っかけないか、そんなことばかりが気になってしまう。

その他にも、それぞれの持ち場はうまくいっているのか、作る事に熱中して、赤字が出ていないか、新人の機材の扱い方は大丈夫か、時間は押してないか、他のことばかりに注意が行ってしまうので、お世辞にも心から楽しんでいるとは言えない。

細かい事だけど、誰かが目を光らせていないと、信じられないことが起きたりするのも、この商売だ。

だから、気付けば自分がその役を買って出て、一人、違う目線で、目を光らせていることも度々である。


それに反して、相棒は、根っからの映像人間である。
もちろん、ご飯も寝る事も二の次になって、走る走る!


最初は、”ちょっと顔を出すだけ”と言いつつも、ついつい気になるものだから手を出して、人員派遣だけのはずが、昼になり、夜になり、結局その場に張り付いたまま、一日が過ぎるなんてしょっちゅうだ。

それにも関わらず、彼は失敗を学ばない。

”今週末は、現場にちょこっと顔を出して、それから◯◯に行こう!”と、自ら墓穴を掘ってしまうのは、毎度お決まりのことだ。

だから最近ではこちらも諦めて、そんな時は、現場をくまなく観察することにしている。

その方が、精神衛生上良いし、気も楽というものだ。

人間、開き直りが大切なのである。



(続く)

2011年8月1日月曜日

ロシア人、やってくる Vol.2



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さて、時刻は午後8時30分。

明日の撮影だというのに、先方からは、その後何のスケジュール連絡もなく、あやふやなまま、機材をトラックに積み込む相棒とビクター。



実は、彼らが帰ったあとに、ちょっとした事件があった。



彼らと入れ違いに、機材レンタルをしていた別の某ヨーロッパ人一行が、追加分を求めて、スタジオに現れたのだ。



先ほどのやり取りで、すっかり上機嫌な相棒は、プロデューサーなる男に、こう語る。



”いやぁ〜、全くなんて一日なんだ!今ね、ロシア人の一行が来てたんだ。観光客誘致のPRビデオを撮るんだって。これからは、ロシア人のツーリストがたくさんやってくるぞ〜。あっはっは!”

すると、それまで黙って話しを聞いていた男が、こう切り出したのだ。

”じゃ、支払いの時は、気をつけた方がいいね。僕の知り合いが、ここで旅行エージェントをしてるんだけど、ロシアから入って来るユーロは、偽札が多くて困り者だって、言ってたよ。”



”え〜っ!?!?!?!?”




そういえば、ここカンクンは、世界のリゾートと言われるだけあって、人種のルツボでもある。そして、ペソしか受け付けない店も結構多いのだ。

慣れるまでは、感じが悪いなぁくらいにしか思っていなかったけれど、そうか、外貨を受け付けないってのは、そういう意味だったんだ!



一瞬にして笑いが凍り付いた相棒は、彼らが去るや否や、私を伴って、隣町に車を飛ばした。

出掛けた先は、ごく庶民的な文房具屋。


「なんとかマーカーを探す」と言うので、蛍光ペンでも買うかと思いきや、彼が店員に聞いたのは、なんと偽造紙幣発見用ペンであった。

まさかこんな店で、そんなものが売ってるなんて!
その存在自体さえ知らなかった私はぶっ飛んだ。


ちなみに、このペンをお札に滑らせ、何も反応がなければ本物、黒く変われば偽札らしい。

本当にそんな安っぽいペンで、判別が出来るのかどうか定かではないが、それにしても、ヤワな日本人の私には、新たなるカルチャーショックであった。

だいたい一体、何人の日本人が、この、偽造紙幣発見ペンの存在を知っていることだろう?!



しかし、取りあえずブツは手に入れた。



あとは、彼らのスケジュールに合わせ、明日一番でお金を受け取り、慌てず、静粛に、それらを”チェック”するだけだ。

その後、夜半過ぎに連絡が来たあとは、翌日の修羅場に向けて、早々と床に入った。






(続く)